「その首は盆に載せて運ばれ、少女にわたされ、少女はそれを母のところに持って行った」 (マタイによる福音書 第 14 章) (His head was brought in on a platter and given to the girl, who carried it to her mother.)2026/07/17 10:20

3 というのは、ヘロデは先に、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤのことで、ヨハネを捕えて縛り、獄に入れていた。
4 すなわち、ヨハネはヘロデに、「その女をめとるのは、よろしくない」と言ったからである。
5 そこでヘロデはヨハネを殺そうと思ったが、群衆を恐れた。彼らがヨハネを預言者と認めていたからである。
6 さてヘロデの誕生日の祝に、ヘロデヤの娘がその席上で舞をまい、ヘロデを喜ばせたので、
7 彼女の願うものは、なんでも与えようと、彼は誓って約束までした。
8 すると彼女は母にそそのかされて、「バプテスマのヨハネの首を盆に載せて、ここに持ってきていただきとうございます」と言った。
9 王は困ったが、いったん誓ったのと、また列座の人たちの手前、それを与えるように命じ、
10 人をつかわして、獄中でヨハネの首を切らせた。
11 その首は盆に載せて運ばれ、少女にわたされ、少女はそれを母のところに持って行った。
12 それから、ヨハネの弟子たちがきて、死体を引き取って葬った。そして、イエスのところに行って報告した。
13 イエスはこのことを聞くと、舟に乗ってそこを去り、自分ひとりで寂しい所へ行かれた。しかし、群衆はそれと聞いて、町々から徒歩であとを追ってきた。(マタイによる福音書 第 14 章)

3 Now Herod had arrested John and bound him and put him in prison because of Herodias, his brother Philip’s wife, 4 for John had been saying to him: “It is not lawful for you to have her.” 5 Herod wanted to kill John, but he was afraid of the people, because they considered John a prophet.
6 On Herod’s birthday the daughter of Herodias danced for the guests and pleased Herod so much 7 that he promised with an oath to give her whatever she asked. 8 Prompted by her mother, she said, “Give me here on a platter the head of John the Baptist.” 9 The king was distressed, but because of his oaths and his dinner guests, he ordered that her request be granted 10 and had John beheaded in the prison. 11 His head was brought in on a platter and given to the girl, who carried it to her mother. 12 John’s disciples came and took his body and buried it. Then they went and told Jesus.
13 When Jesus heard what had happened, he withdrew by boat privately to a solitary place. Hearing of this, the crowds followed him on foot from the towns.
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AIでは、「新約聖書には「ヨハネ」と呼ばれる人物が複数登場しますが、代表的なのは次の二人です。名称 立場・特徴 関わる主な書物
洗礼者ヨハネ イエスに先立つ預言者、バプテスマを授けた人 福音書に登場する人物
使徒ヨハネ イエスの弟子の一人、「愛された弟子」と伝承 ヨハネ福音書、手紙、黙示録の伝承的著者
現在の聖書学では、これらの書をすべて同一人物が書いたかどうかは議論がありますが、教会の伝承では「使徒ヨハネ」に結びつけて語られることが多いです」と説明されている。

また、聖ヨハネはイエス・キリストの異母兄弟だったという説があり、また、イエス・キリストに洗礼を授けた先駆者だったという説がある。

そのヨハネは、ヘロデ王が亡き兄の妻と再婚したのを責めたので、ヘロデ王はヨハネを捕えていた。そして、ヘロデの妻もヨハネを憎んで、自分の子供のサロメにヨハネの首を望めと唆し、サロメはヘロデ王にヨハネの首を望み、ヘロデ王は部下にヨハネの首を切らせたという話しが聖書にのっている。

レオナルド・ダ・ヴィンチが幼児イエス。聖母マリア、ヨハネの母。そして、幼児ヨハネを一緒に描いた絵画が有名です。

いずれにしても、イエスの十字架上での刑死の前に、ヨハネの獄死という悲劇があった。イエスは酷くショックを受けたと思われる。それが、聖書に現れている。

悪魔は、イエス・キリストもヨハネも殺害させたが、キリスト教は生き残り、現在に至るまで発展し、キリスト教はヨーロッパやアメリカの宗教となり、ヴァチカンは今もローマ帝国の皇帝のような姿をしている。

キリスト教は。まさに、血塗られた宗教なのです。欧米の歴史はその上に打ち立てられている。キリスト教は、欧米の金持ちの平和な宗教ではない。ユダヤ教自体が、旧約聖書に現れているように、戦乱に明け暮れるユダヤ人の宗教であり、彼らの神はその守護神だったので、この残酷さは不思議ではない。その宗教観をイエス・キリストが一層し、愛と平和を説き、今の欧米の人道主義の礎となった。しかし、その背後の伝統には、日本民族には理解できない殺伐さがある。

また、中国では、秦の始皇帝が何十万人もの兵士を殺害して、秦帝国を作ったように、ローマ帝国はパレスチナのユダ人を追放し、他の民族と同じように武力制服をした。おまけに、ユダヤ人は敵だという間違ったキリスト教の教義で2千年間もユダヤ人は、ヨーロッパで迫害される。そのユダヤ人が安住の地を見出したのがアメリカであり、知的産業や金融業界を支配したユダヤ人が今も欧米の社会を支配しいていると言われる(ロスチャイルドなど)。

霊界を目指すキリスト教が、現世的なユダヤ人のイエス・キリストから生まれたというのは歴史の謎です。中国人からもインド人からもイエスは生まれず、ユダヤ人の貧乏人としてこの世に現れたのは、まさに、歴史の驚異です。

むしろ、イエス・キリストの教えは、日本の神道や仏教に近い。日本の霊性の伝統からイエス・キリストが生まれてもおかしくないが、日本人は皇室崇拝という道を選んだ。

日本の皇室が現れる以前の縄文時代に返って、日本人は生死と霊の問題を考えるべきです。
そもそも、人類はアフリカで生まれたが、皇室の祖先もアフリカ人だったと考える日本人はいない。

また、人類は宇宙からUFOに乗ってやって来たという説があり、イエス・キリストも聖母マリアも宇宙人だったという説もある。

いずれにしても、イエス・キリストは霊界の天国、神界の神様から派遣された人間だと考えれば、日本人も抵抗なく霊的なキリスト教が理解できる。
清貧生活をして、聖書を読むことが日本人にも(インド人、中国人、朝鮮人にも)求められる。

ただし、キリスト教徒になったからといって、高級な日本人になれるわけではない。日本の精神文化の延長に霊的なキリスト教を求めるべきです。

「わたしが神の霊によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのである」 (マタイによる福音書 第 12 章) ( If it is by the Spirit of God that I drive out demons, then the kingdom of God has come upon you,)2026/07/15 23:40

25 イエスは彼らの思いを見抜いて言われた、「おおよそ、内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない。
26 もしサタンがサタンを追い出すならば、それは内わで分れ争うことになる。それでは、その国はどうして立ち行けよう。
27 もしわたしがベルゼブルによって悪霊を追い出すとすれば、あなたがたの仲間はだれによって追い出すのであろうか。だから、彼らがあなたがたをさばく者となるであろう。
28 しかし、わたしが神の霊によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのである。
29 まただれでも、まず強い人を縛りあげなければ、どうして、その人の家に押し入って家財を奪い取ることができようか。縛ってから、はじめてその家を掠奪することができる。
30 わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである。(マタイによる福音書 第 12 章)

25 Jesus knew their thoughts and said to them, “Every kingdom divided against itself will be ruined, and every city or household divided against itself will not stand. 26 If Satan drives out Satan, he is divided against himself. How then can his kingdom stand? 27 And if I drive out demons by Beelzebul, by whom do your people drive them out? So then, they will be your judges. 28 But if it is by the Spirit of God that I drive out demons, then the kingdom of God has come upon you.

29 “Or again, how can anyone enter a strong man’s house and carry off his possessions unless he first ties up the strong man? Then he can plunder his house.

30 “Whoever is not with me is against me, and whoever does not gather with me scatters.
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イエス・キリストの言葉、「わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである」というのは、クリスチャンにとって、その行動の基礎となっている。

イエスの言葉に反発し、イエスの教えに従って、キリスト教徒を増やそうとしない者は、イエスの教えから人々を遠ざける者なのです。

特に、「(イエスが)神の霊によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきた」という言葉に、この世は悪魔の影響の下にあるが、イエスが神様の霊の力で人々から悪魔を追い出せば、神の国が人々を訪れると述べて、神様の霊の力で悪魔と戦うことが、イエス・キリストの使命だと宣言しておられる。

日本人も霊の存在を信じて、神仏の霊に祈って幸運をつかもうとするが、キリスト教では、明確に悪魔が人々を苦しめており、悪魔から人々を救うのが、イエス・キリストの使命だと述べている。

善悪は人間が作りだしたものであり、善悪の区別など本当はないと考える人間もいるが、まさに、それこそ悪魔の洗脳の結果なのです。神様は善を推奨しておられ、人間界に善をもたらし、強め、悪魔に打ち勝つように人間を正しく導くのがイエス・キリストの使命なのです。

悪魔は、この世には善も悪もない、物質的な幸福と不幸しかない。どんなに悪をしてでも、物質的に幸福になることだと、人間を洗脳する。悪魔に洗脳された人間は、学問でも宗教でも幸福を得るための手段だと考えて、真理をねじ曲げ、聖なるものを悪用し、最後は虚偽と堕落の中で物質的成功と幸福を得ようとする。だから、学問的なエリートや宗教のリーダーも悪魔に魂を売って、地位や富を求める、そこには、善悪を超えた境地だという偽りの説で、悪魔に魂を売ったエリートや富裕増の堕落した心がある。

あくまで、神様は全知全能で全善、至善の存在であるという真理を認めるのが、霊的なキリスト教なのです。

毎日の生活で、どこまで善を追求するかが信徒の生きる課題なのです、

物質的な幸福や成功が、信徒の求めるものではないのです。

だから、清貧生活を心がけて、聖書を読むのが、信徒の生きる姿なのです。

「その人に慈悲深い行いをした人です」 (ルカによる福音書 第 10 章)(“The one who had mercy on him.”)2026/07/14 11:37

25 するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。
26 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。
27 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。
28 彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。
29 すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。
30 イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。
31 するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。
32 同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。
33 ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、
34 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
35 翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。
36 この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。
37 彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。 (ルカによる福音書 第 10 章)

25 On one occasion an expert in the law stood up to test Jesus. “Teacher,” he asked, “what must I do to inherit eternal life?”

26 “What is written in the Law?” he replied. “How do you read it?”

27 He answered, “‘Love the Lord your God with all your heart and with all your soul and with all your strength and with all your mind’[c]; and, ‘Love your neighbor as yourself.’[d]”

28 “You have answered correctly,” Jesus replied. “Do this and you will live.”

29 But he wanted to justify himself, so he asked Jesus, “And who is my neighbor?”

30 In reply Jesus said: “A man was going down from Jerusalem to Jericho, when he was attacked by robbers. They stripped him of his clothes, beat him and went away, leaving him half dead. 31 A priest happened to be going down the same road, and when he saw the man, he passed by on the other side. 32 So too, a Levite, when he came to the place and saw him, passed by on the other side. 33 But a Samaritan, as he traveled, came where the man was; and when he saw him, he took pity on him. 34 He went to him and bandaged his wounds, pouring on oil and wine. Then he put the man on his own donkey, brought him to an inn and took care of him. 35 The next day he took out two denarii[e] and gave them to the innkeeper. ‘Look after him,’ he said, ‘and when I return, I will reimburse you for any extra expense you may have.’

36 “Which of these three do you think was a neighbor to the man who fell into the hands of robbers?”

37 The expert in the law replied, “The one who had mercy on him.”

Jesus told him, “Go and do likewise.”
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これは、「隣人を愛せ」というイエス・キリストの教えに対し、「私の隣人とは誰の事ですか」と質問した律法学者へのイエスの答えです。「親切なサマリア人の譬え」として、有名なイエスの説明です。

強盗に襲われた旅人を見ても、祭司やレビ人は旅人を避けて歩いて行った。しかし、あるサマリヤ人はその旅人を介抱して、自分の家畜に乗せて宿まで送り届けた。このサマリア人こそが、その旅人の隣人なのだという教えです。

今の世で言えば、戦乱を逃れた難民や、自国のホームレスなど、不幸のどん底にいる人々は多い。そのような人を助けるのが、そのような人の隣人として相応しいと述べられたのです。

つまり、不幸な人を助けるのが、その不幸な人の隣人なのです。そして、「隣人を愛せ」とは、まさに、不幸な人を助けよということなのです。

今日では、テレビやインターネットで世界中の不幸な人のことが放送されている。その不幸な人を助けるのが、人間として「良き隣人」になることだという教えです。

これは、「良きサマリア人」の譬えとしてよく知られた教えです。

祭司とはまさにユダヤ教のエリートであり、「レビ人とは、旧約聖書においてイスラエル十二部族の一つ「レビ族」に属し、神殿や幕屋での奉仕・礼拝・運営を専門に担った人々を指します」とAIでは説明されている、要するに、エリートや富裕層は不幸な隣人には冷たい。しかし、「サマリア人とは、古代イスラエル北王国の首都サマリア周辺に起源を持ち、独自の律法理解と礼拝伝統を守ってきた少数民族・宗教共同体を指します」とAIでは説明されている。要するに、ユダヤ社会で非エリートです。非エリートの中にこそ、イエス・キリストの教えに従う人がいるとの教えです。

これは、今でも、不幸な人を助けるために寄付をするのは、自分も貧しい人が多い。不幸な人が互いに助け合うということが世の中の常識です。だから、人間社会は亡びずに生き抜いて来たのです。良き隣人たちが、互いに助け合って生き抜いてきたのが、人間社会なのです。

これは、自分の生存しか考えない他の生物には見られない人間の美点です。こうして、社会的な生き物である人間は、種として生き抜いて来たのです。不幸な目に合うことの多い一般人ほど、この譬え話は理解しやすかった。イエスは、悪魔に魂を売って成功者となったエリートや富裕層の心の冷たさを理解していたのです。

社会の中の貧しい人間の隣人となって彼らを助けるは、やはり、貧し人だということが、このイエス・キリストの教えなのです。

今日の日本の平和と繁栄をもたらした日本国憲法を作成したのは、皇室や財界人、官僚エリートではなく、旧日本軍と戦った貧しいアメリカ人のキリスト教徒を含む占領米軍なのです。だから、戦後の日本人はアメリカの一般人に親しみを感じ、アメリカの政治に関心を持ち続けたのです。

今日の日本国憲法をもたらしたのは、日本の皇室や財界、官僚エリートでも、世界の宗教のトップのローマ法王や、ユダヤ教の大富豪などではなく、素朴なキリスト教徒から構成されていた米軍のトップのマッカーサー元帥なのです。

日米戦争の後に日本を占領した米軍の司令官のマッカーサー元帥こそが日本人の良き隣人だったのです。

今でも、天皇神道を信じる日本人や、財界や官界にあこがれる日本人もいるが、彼らは、イエス・キリストのたとえ話に出てくる、当時のエリートのように、不幸な人には冷たいエリートなのです。

日本人は、「良きサマリア人」となって、世界中の不幸な人を助けることを求められているのです。これを信じるのが、「霊的なキリスト教」なのです。

神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い (コリントの信徒への手紙一 第 1 章) (For the foolishness of God is wiser than human wisdom, and the weakness of God is stronger than human strength.)2026/07/13 13:19

22 ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。
23 しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、
24 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。
25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。
26 兄弟たちよ。あなたがたが召された時のことを考えてみるがよい。人間的には、知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、身分の高い者も多くはいない。
27 それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、
28 有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。
29 それは、どんな人間でも、神のみまえに誇ることがないためである。(コリントの信徒への手紙一 第 1 章)

22 Jews demand signs and Greeks look for wisdom, 23 but we preach Christ crucified: a stumbling block to Jews and foolishness to Gentiles, 24 but to those whom God has called, both Jews and Greeks, Christ the power of God and the wisdom of God. 25 For the foolishness of God is wiser than human wisdom, and the weakness of God is stronger than human strength.
26 Brothers and sisters, think of what you were when you were called. Not many of you were wise by human standards; not many were influential; not many were of noble birth. 27 But God chose the foolish things of the world to shame the wise; God chose the weak things of the world to shame the strong. 28 God chose the lowly things of this world and the despised things—and the things that are not—to nullify the things that are, 29 so that no one may boast before him.
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この「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い」という言葉も印象的です。神様を信じて愚かに見える人間の愚かさは、自分の知恵に頼って賢く振舞う人間の賢さよりも優れており、神様を信じて弱く見えるよになった人間の弱さは、自分の力に頼って強く見える人間の強さより強いということです。

そして、人間の真実の賢さや強さは神様から来るものであるというのが、この教えなのです。神様の知恵や力の前では、人間の知恵や力は取るに足りないものだ、ということを教えているのです。

また、それは「神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選」んだと述べている。つまり、神様の前で人間の賢さや、人間の強さを誇ることがないようにするためです。

神様と人間の間には比較にならない巨大な差がある。それは、富士山と近所の公園の砂山以上の差がある。そして、信仰の力があれば、そのような神様の真実の知恵と力に近づくことができる。

今の世の中で言えば、世界一だと評価されるノーベル賞受賞者よりも賢く、世界一の権力者だと認められアメリカ大統領よりも力があるのが、神様であり、その知恵や力に与るのがイエス・キリストの信仰者なのです。

また、「有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれた」というのが、信仰者の判断なのです。

仏教でも王族出身のブッダやその信徒は、乞食をして人々より愚かで弱い者として、人々から食を恵んでもらう生き方をした。この伝統で、今も仏教の僧侶は、建前上はお布施で生きるようになっている。しかし、権力と結びついた高僧などは、権力者から多くの富を得たり、生活を保障されて生きるようになり、仏教は堕落したと言われる。現在のキリスト教も信者から多額の寄付を得て、大きな資産を持つ教会もあり、カトリックのバチカンなどは、かつてのローマ皇帝のような豪華な衣装を着ており、また、ヴァチカンの資産も巨額だとされている。

人間世界でどんなに賢者だといわれても、神様の知恵と比べれば、赤子のようなものであり、人間世界で最強だと言われても、神様の前では赤子のような力しかないということを人間に思い知らさせるのが神様の意志だということになる。要するに、赤ん坊が親を敬うように、人間は神様を敬う必要があるのです。

この世も、死後の霊界も神様が作ったものであり、人間界の知恵も力も神様が人間に与えたものであり、人間は神様の前で己の存在の限界を思い知らねばならない、というこです。

むしろ、この世は、神様がその知恵と力を表すために作られたものであり、その道具として使われているのが人間なのです。この世でも霊界でも主人公は神様であり、人間や悪魔などは取るに足りない端役なのです。

だから、信者はその偉大な神様を褒め称えざるを得ない。仏教で言えば、自分の我を捨て去って法に従い、他力本願で生きよということになる。キリスト教でも、「全ては神様の思し召しのままに」と祈る。万物の創造主の全知全能、かつ、全善の神様の知恵と力と善を信じるのが、信者の義務だということになる。

だから、神様から知恵と力を善を与えられた信徒が、ノーベル賞を取り、オリンピックで金賞を取り、聖者だと崇められてもおかしくない。しかし、そのような信者は、この世的には貧しく、弱い、愚かな者だとして人々の前に現れる。信仰心のない愚かな人間は、そのような人間の聖性を認めることができず、軽蔑し、軽んじる。しかし、やがて真実の力が現れて、その愚者や弱者だと思われていた人間が、本当はこの世の王者だっというのが、聖書のイエス・キリストの物語りなのです。

実際、当時世界最強のローマ帝国の皇帝が、キリスト教を信じ、ローマ兵が十字架上で殺害したイエス・キリストの前にひれふすようになるのです。最強のローマ帝国の片隅でローマ兵に殺された無名のイエス・キリストを、ローマ帝国の皇帝が崇めるようになったのが、歴史的事実なのです。また、乞食のような姿で伝道をしていたブッダを、インドの皇帝や中国の皇帝、日本の皇室が崇めるようになったのが東アジアの歴史なのです。

今でも、ローマ法王はローマ皇帝のような衣装を着て、ある意味では皇帝のように振舞っている。そして、十字架上の罪人の姿をした弱々しいイエス・キリストの像の前にひざまずいている。世界一の宗教団体であり、世界最強のアメリカの事実上の国教のキリスト教のトップであるローマ法王が、十字架上の罪人のみすぼらしいイエス・キリストの像を崇めている。これは、乞食の姿をしたブッダの像を日本の大僧正が崇める以上に、衝撃的な姿なのです。

この世の、知恵も富も、善も、神様の知恵と力と善に比べれば、無と同然なのです。これを信じるのが、霊的なキリスト教なのです。

「だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである」 (マタイによる福音書 第 25 章) (“Therefore keep watch, because you do not know the day or the hour.”)2026/07/12 11:14

そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。
2 その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。
3 思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。
4 しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。
5 花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。
6 夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。
7 そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。
8 ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。
9 すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。
10 彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。
11 そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。
12 しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。
13 だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。(マタイによる福音書 第 25 章)

“At that time the kingdom of heaven will be like ten virgins who took their lamps and went out to meet the bridegroom. 2 Five of them were foolish and five were wise. 3 The foolish ones took their lamps but did not take any oil with them. 4 The wise ones, however, took oil in jars along with their lamps. 5 The bridegroom was a long time in coming, and they all became drowsy and fell asleep.

6 “At midnight the cry rang out: ‘Here’s the bridegroom! Come out to meet him!’

7 “Then all the virgins woke up and trimmed their lamps. 8 The foolish ones said to the wise, ‘Give us some of your oil; our lamps are going out.’

9 “‘No,’ they replied, ‘there may not be enough for both us and you. Instead, go to those who sell oil and buy some for yourselves.’

10 “But while they were on their way to buy the oil, the bridegroom arrived. The virgins who were ready went in with him to the wedding banquet. And the door was shut.

11 “Later the others also came. ‘Lord, Lord,’ they said, ‘open the door for us!’

12 “But he replied, ‘Truly I tell you, I don’t know you.’

13 “Therefore keep watch, because you do not know the day or the hour.
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これは、「賢い花嫁」の譬えと呼ばれるイエス・キリストの有名なたとえ話です。

5人の賢い花嫁は、灯りを準備していたが、5人の思慮の浅い花嫁は灯りを準備していなかったので、婚宴の部屋に入れなかったという話しです。結論は、「目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである」とされている。

実際、物事は思わない時に生じる。事件が起きる前に、準備をすることができないうちに生じる、そのような、事件の前に備えができない人々のことを、イエスは警告したのです。

だから、予言や予知の能力は限られている。誰にも、そのような能力があるわけではない。しかし、霊的な能力によって、予知能力を得た人もいる。特に、大戦争や革命などを予知した例も多い。また、ノストラダムス(改宗ユダヤ人の子孫のキリスト教徒)の予言詩も有名です。しかし、世界の終末などを予言した宗教家も多いが、それが今までにあたったことはない(インチキ宗教家によるインチキ予言)。

たとえば、百年前に現在の世の中の状況を予言できた人間はいない。現実は、予言を大きく裏切る。偶発的な出来事が、後に大きな意味を持ちる場合もある。それでも、大きな流れを見誤ることなく、合理的に判断すれば、だいたいの未来の出来事は分かる。まさに、「思慮深い花嫁」のようにふるまうことも可能です。

日本の霊能力者の多くは、20世紀の末から、大気汚染(CO2の増大)による異常気象の発生を警告していた。石油・石炭などの化石燃料の使い方を間違っているために、大気が汚染され、地球環境が悪化することが予言されており、21世紀の今日では、温暖化が進んでいる。

特に、故塩谷信男や故政木和三は、近い将来、地球は大規模な異常気象に見舞われると述べていた。ガソリンエンジンの排気ガスが自然を損なうと予言していた。

また、1995年の阪神大震災や2011年の東日本大震災を予言していた霊能漫画家もいる(たつき諒など)。また、戦後にロボットの漫画を描いた手塚治虫も現在のロボット時代を予言していたとも考えられる。どこかに、予言能力をもった芸術家もいるものです。

イエス・キリストは、霊能力で人類の未来を見たと思われる。彼の生きた時代の30年後に、ユダヤ戦争が生じて、ローマ帝国によってエルサレム神殿が破壊され、世界中にユダヤ人が離散することをイエスは予知できたと思われる。その結果、ユダヤ教は亡びる可能性があったが、イエスの出現によってキリスト教だけでなく、ユダヤ教も旧約聖書として生き残ることになった。イエス・キリストの出現は、キリスト教を成立させただけでなく、ユダヤ教をも救ったのです。

これは、神様がユダヤ人の祖先のアブラハムなどに、神がユダヤ人を守ると4千年前に述べた約束を守られたことを意味すると考えられる。神様は、ユダヤ人を守るためにイエス・キリストを世に派遣されたとも考えられる。ユダヤ人はキリスト教社会で迫害されたが、歴史上、抹殺されることはなく、現在まで生き残り、しかも、世界の金融界を支配していると言われる。ドイツ・ナチスの迫害にも耐えて、ユダヤ人は世界最強のアメリカを支配していると言われる。

また、戦後の日本の新憲法をマッカーサー元帥の下で作ったのも、キリスト教徒のアメリカ人ばかりでなく、ユダヤ人もいたことが知られている。日本国憲法は、日本の仏教や天皇神道のお陰ではなく、キリスト・ユダヤ教のお陰なのです。つまり、現在の日本の平和と繁栄は、キリスト・ユダヤ教のお陰なのです。

21世紀には、キリスト・ユダヤの宗教が世界の主流になることをイエスは見ていたのだろう。しかし、そこに悪魔も介入する。ユダヤ人のマルクスが打ち立てた共産党思想が、中国やロシアに影響を及ぼし。また、同じ神様を崇めながら、ユダヤ・キリスト教と敵対する(アメリカ・イスラエルとイランの戦いなど)イスラム教も何億人という信者を有している。悪魔は、まだ、世界を破滅させようとしている。キリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒に悪魔が入り込んでいる。日本よりも、中国・朝鮮に入り込んだ悪魔は執拗で危険です。

イエス・キリストの生誕から2千年たった今日、世の終わりが近づいるとの予言もある(ニュートンによる2060年の時代の終焉の予言など)。もし、時代の終焉、物質文明の終焉が近いなら、日本人も霊的な新文明に備えるべきです。

そのためには、日本的霊性を取り戻し、霊的な宗教を研究し、人類最大の霊能力者のイエス・キリストが始めた霊的なキリスト教を学ぶべきです。霊的には、仏教や神道の延長上にイエス・キリストの教えがあるのです。

今世紀中に、現在の物質文明が終了し、新しく霊的な文明が始まるのです。22世紀には、霊能力が科学を超える力を発揮するだろう。今、奇跡と呼ばれることが普通に生じるようになり、人類はUFOを作成して、宇宙を自由に飛び回れるようになるだろう。

日本人も、その新時代に備え、貢献すべきです。

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