この一きれの食物を受けるやいなや、サタンがユダにはいった (ヨハネによる福音書 第 13 章) (As soon as Judas took the bread, Satan entered into him.)2026/08/11 13:24

21 イエスがこれらのことを言われた後、その心が騒ぎ、おごそかに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ろうとしている」。
22 弟子たちはだれのことを言われたのか察しかねて、互に顔を見合わせた。
23 弟子たちのひとりで、イエスの愛しておられた者が、み胸に近く席についていた。
24 そこで、シモン・ペテロは彼に合図をして言った、「だれのことをおっしゃったのか、知らせてくれ」。
25 その弟子はそのままイエスの胸によりかかって、「主よ、だれのことですか」と尋ねると、
26 イエスは答えられた、「わたしが一きれの食物をひたして与える者が、それである」。そして、一きれの食物をひたしてとり上げ、シモンの子イスカリオテのユダにお与えになった。
27 この一きれの食物を受けるやいなや、サタンがユダにはいった。そこでイエスは彼に言われた、「しようとしていることを、今すぐするがよい」。
28 席を共にしていた者のうち、なぜユダにこう言われたのか、わかっていた者はひとりもなかった。
29 ある人々は、ユダが金入れをあずかっていたので、イエスが彼に、「祭のために必要なものを買え」と言われたか、あるいは、貧しい者に何か施させようとされたのだと思っていた。
30 ユダは一きれの食物を受けると、すぐに出て行った。時は夜であった。(ヨハネによる福音書 第 13 章)

21 After he had said this, Jesus was troubled in spirit and testified, “Very truly I tell you, one of you is going to betray me.”

22 His disciples stared at one another, at a loss to know which of them he meant. 23 One of them, the disciple whom Jesus loved, was reclining next to him. 24 Simon Peter motioned to this disciple and said, “Ask him which one he means.”

25 Leaning back against Jesus, he asked him, “Lord, who is it?”

26 Jesus answered, “It is the one to whom I will give this piece of bread when I have dipped it in the dish.” Then, dipping the piece of bread, he gave it to Judas, the son of Simon Iscariot. 27 As soon as Judas took the bread, Satan entered into him.

So Jesus told him, “What you are about to do, do quickly.” 28 But no one at the meal understood why Jesus said this to him. 29 Since Judas had charge of the money, some thought Jesus was telling him to buy what was needed for the festival, or to give something to the poor. 30 As soon as Judas had taken the bread, he went out. And it was night.
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これは、イエス・キリストの弟子の一人であるユダが、イエスへの裏切りを決行するときの情景です。

ただし、「サタンがユダにはいった」と書かれている。本当の黒幕はユダではなく、悪魔であるということが示唆されている。事実、イエスが逮捕された後に、ユダは良心に責められ自殺している。ユダが心からイエスを憎んで裏切っていれば、イエスの逮捕に大喜びしていたはずです。しかし、ユダは正気に戻り、イエスを裏切ったことを後悔し、自殺したのです。ユダは悪魔に操られていたと考えられる。

巧妙な悪魔は、表に出ないで人を使って悪を行わせるのです。罪を犯す者が、真犯人とは限らない。その背後で犯罪を画策し、実行者の心を操っているものがいる。

イエスは、「人をつまずかせる者の責任は、つまずいて罪を行った者よりも重い」と述べておられる。物事は表面だけを見て判断してはいけない。目に見えない力が働いているものです。

しかし、心の中に悪魔に入り込まれる隙を作った者にも責任はある。しかし、イエス・キリストは「人を裁いてはならない」と述べておられる。本当の責任者は誰にも分からないし。実行者にもそれなりも責任はある。そのような背後関係が分からないまま、実行者だけを裁けば、より大きな悪が放置されることになる。要するに、人には人を裁く能力もないし、その結果に責任も取れないということです。

イエス・キリストは、ユダの裏切りは抑止できないことを悟ったので、ユダに裏切らせたと考えるしかない。悪魔が、ユダにイエスを裏切らなければならないような罠を仕掛けたことは間違いない。銀貨30枚を裏切りの報酬として得る必要があったのだろう。それは、聖書では謎になっている。

神の子のイエス・キリストが、弟子の裏切りに気づかないなどと言うことはあり得ない。イエスは、ユダが裏切らなければならない状況にいることを知って、悪魔の罠に落ちることを承知していたと思われる。しかし、悪魔に勝つ自信があったので、ユダに裏切りをさせたのだろう。

悪魔も、イエス・キリストには勝てないことを知りながら。ユダに裏切りをさせた。ただし、どのようにしてイエスが勝利するかは分からなかった。悪魔も驚いたであろうが、イエス・キリストは無実の罪で十字架上で殺されたあとに、蘇って信者たちの信仰心を深めたのです。

つまり。イエス・キリストは、悪魔よりもはるかに上手だったのです。それが、この2千年間の人類の歴史で表されている。

いずれにしても、このユダの裏切りは、信者に悪魔の狡猾さと、危険を教えることになり、それ以上に、イエス・キリストの力を示すできごとだったのです。

これが、福音書のハイライトの、ユダの裏切りの意味なのです。つまり、悪魔は、弟子にイエス・キリストを裏切らせるような力や悪知恵を持っているのです。だから、常に気をつけていなさい、とイエス・キリストは述べておられる。

「天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」 (ルカによる福音書 第 11 章) (How much more will your Father in heaven give the Holy Spirit to those who ask him!”)2026/08/10 11:07

11 あなたがたのうちで、父であるものは、その子が魚を求めるのに、魚の代りにへびを与えるだろうか。
12 卵を求めるのに、さそりを与えるだろうか。
13 このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。(ルカによる福音書 第 11 章)

11 “Which of you fathers, if your son asks for a fish, will give him a snake instead? 12 Or if he asks for an egg, will give him a scorpion? 13 If you then, though you are evil, know how to give good gifts to your children, how much more will your Father in heaven give the Holy Spirit to those who ask him!”
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父親は、子供に「その子が魚を求めるのに、魚の代りにへびを与える」ことはない、と父親の自然な愛情を譬えにして、イエス・キリストは、同じように天の父親である神様は、子である人間たちにも自然な愛情を持っていると述べておられる。

神様は、父が子を愛するように、子である人間を愛しておられる。この信頼関係が、キリスト教の基礎なのです。

だから、子である人間は、子が父を愛するように神様を信頼してよいと述べておられるのです。

つまり、人間は願い事があれば、神様に祈ってもよい、という意味です。そのとき、イエス・キリストの名で神様に願えば、願い事は必ずかなうと信ぜよというのが、イエスの教えなのです。

問題は、神様に願ったことが叶っているのに、そのことに人間が気が付かないという場合が多いことです。あることのためにカネが必要なので、神様にカネを求めたとしても、神様がカネではなく、他の方法でその問題を解決してくれるかもしれない。しかし、カネを得られなかった信者は願い事が叶わなかったと考えるかもしれない。しかし、カネ以外の手段で問題は解決している場合があるのです。

また、旅行をするのに、時間通りに空港に着けるように神様に祈ったとしても、なぜか時間に間に合わなかった場合、神様が願いをかなえてくれなかったと考えるかもしれない。しかし、乗る予定の飛行機が事故を起こして多くの乗客が亡くなった場合、自分は神様に助けられているのに、それには気が行かない場合もある。

つまり、神様は、卵を求める子供に蛇を与えないどころか、卵以上に安全でおいしいものを与えて下さっているのに、それに気づかず感謝しない子供のようなものである信者がいるということを述べておられるのです。

日本でも、年末年始に神仏に祈る人間は多いが、その直接的な願いには神仏はこたえずに、別の思いがけない形で願いにこたえてくれることがある。典型的なのは、幸せになるために、カネを神仏に求めた場合です。神仏は人間を幸福にしてはくれるが、カネは与えないという場合がある。目的を達成するのに、より愛のある形で達成させてくれる場合がある。又は、その目的よりも、もっと愛のある目的を実現させて頂く場合がある。問題は、人間の願い事だけでなく、その願う意図や目的、それを実現する手段の内容や、その影響、効果、副作用だということです。

自分の夢を叶えるために、社会に悪影響を及ぼすことを願っても、それは実現しない。別の形で夢を叶えて下さるのが神様なのです。あるいは、そのような夢が、愛と信仰から離れている場合、善の神様は、その願いを受け付けない場合がある。人間が愛と信仰心を取り戻すまでは、その願いや祈りにこたえらない場がある。

つまり、神様は人間の欲望にこたえるのではなく、欲望を捨てた願いを待っておられる、そして、人間が欲望を捨てたとき、その願いは神様によって叶えられるということです。これは、心霊研究家でもあった、工学博士で発明家であった故政木和三の主張と同じです。欲望を捨てた願いとは、人間的な願いではなく、神聖な願いだということです。つまり、聖霊が扱うような願いだということです。

いずれにしても、イエス・キリストは、とにかく神様に祈れば、それが神聖で自然な願いであれば、神様はきいて下さると述べておられる。また、強く願うだけの神聖で自然な理由があれば、神様は必ずこたえて下さると述べておられるのです。

これが、霊的なキリスト教の信仰なのです。

神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い (コリントの信徒への手紙一 第 1 章) (For the foolishness of God is wiser than human wisdom, and the weakness of God is stronger than human strength.)2026/08/09 11:37

18 十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。
19 すなわち、聖書に、/「わたしは知者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さをむなしいものにする」/と書いてある。
20 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。
21 この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。
22 ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。
23 しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、
24 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。
25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。(コリントの信徒への手紙一 第 1 章)

18 For the message of the cross is foolishness to those who are perishing, but to us who are being saved it is the power of God. 19 For it is written:

“I will destroy the wisdom of the wise;
the intelligence of the intelligent I will frustrate.”[c]

20 Where is the wise person? Where is the teacher of the law? Where is the philosopher of this age? Has not God made foolish the wisdom of the world? 21 For since in the wisdom of God the world through its wisdom did not know him, God was pleased through the foolishness of what was preached to save those who believe. 22 Jews demand signs and Greeks look for wisdom, 23 but we preach Christ crucified: a stumbling block to Jews and foolishness to Gentiles, 24 but to those whom God has called, both Jews and Greeks, Christ the power of God and the wisdom of God. 25 For the foolishness of God is wiser than human wisdom, and the weakness of God is stronger than human strength.

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Wikipediaによれば、「『コリントの信徒への手紙一』は、『新約聖書』に収められた書簡の一つ。使徒パウロと協力者ソステネからコリントの教会の共同体へと宛てられた手紙である」とされている。

また、「ともすれば聖人の集まりのようにみなされ、美化されがちな初代教会であっても現実にはさまざまな問題や困難があり、パウロのようなエネルギッシュな人物であっても常に悩みや苦しみがあったことを如実に伝える書簡である」とされている。

この書簡の、「聖書に、/「わたしは知者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さをむなしいものにする」/と書いてある」という部分は重要です。特に、「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い」という言葉は神様への信仰を伝える名言です。

人間がその知恵や力で他人を抑えても、「愚かに見えても信者の知恵は人間の知恵に勝り」、「弱く見えても信者の力は、人間の強さに勝る」というのが信仰の言葉なのです。

だから、小さく、弱く、愚かに見える人間には、注意が必要です。その人間に本当の信仰心があれば、大きく、強く、賢い人間であることが、明らかにされるのです。他人を侮り、外見で判断してバカにし、攻撃し、笑いものにしても、その人が信仰者ならその人に負けて、大恥をかくのは、強さや、富や、知恵を誇った側です。

ブッダもホームレスの伝道者として、人々に教えを伝えたが、ブッダを貧乏人、愚か者、弱者だとして攻撃した者は、皆、死後、地獄に落ちた。

ましてや、神様の息子のイエス・キリストを信じて、自分の力や知恵を捨て、神様から与えられた真実の力や知恵を身に着けた者は、この世のどんな強者や知恵者、権力者、成功者にも勝る力を与えられているのです。

武術でも、初級者には名人や達人の業が理解できずに、笑いものにするものもいるが、対戦すれば、一撃で名人や達人に倒される。倒されても、まだ、腕の違いが分からずに、ポカンとしている。自分が、笑いものになっていることにも気づかないのが、初級者なのです。

しかし、悪魔はこのような愚か者の初級者を使って何度も信仰者を攻撃させる。モノの違いが分からない思い上がった人間は、何度でも信仰者を攻撃する。死後、霊界に入って信仰者との違いが示されるまで、弱者や愚者をいじめ、攻撃を繰り返す。だから、信仰者は、そのような悪魔に使われる本当の弱者、愚者のあきれた攻撃を覚悟しなければならない。悪魔が、背後で操っているのです。つまり、本当の敵は、目の前の愚かな人間ではなく。背後の悪魔なのです。力の差が歴然としているのに、何度も何度も真の強者に刃向かう愚かな者を使って、悪魔は信仰活動を妨害するのです。この悪魔は滑稽に見えるが、そのバカバカしさに呆れて信仰者が隙を見せれば、そこに悪魔はつけこむ。

信者は、神様が与えられた知恵と力を信じ、また、神は、その召し使いを朽ち果てることは認めずに救う、という聖書の言葉を信じて悪魔の誘惑には負けないことです。

神様を信じる人間は、人の力や知恵を超えた世界にいるのです。その違いが分かることが、人間の修業なのです。

初級者には、名人や達人は理解できない。一般人には、真の神様の信仰者は理解できない。しかし、時間がたてば、真実は誰の眼にも明らかにされる。

現在、ブッダを単なるホームレスだと思う人おはいないし、イエス・キリストをインチキ宗教家だと思う者もいない。

彼らは食べて満腹した (マルコによる福音書 第 8 章) (The people ate and were satisfied)2026/08/08 10:00

そのころ、また大ぜいの群衆が集まっていたが、何も食べるものがなかったので、イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、
2 「この群衆がかわいそうである。もう三日間もわたしと一緒にいるのに、何も食べるものがない。
3 もし、彼らを空腹のまま家に帰らせるなら、途中で弱り切ってしまうであろう。それに、なかには遠くからきている者もある」。
4 弟子たちは答えた、「こんな荒野で、どこからパンを手に入れて、これらの人々にじゅうぶん食べさせることができましょうか」。
5 イエスが弟子たちに、「パンはいくつあるか」と尋ねられると、「七つあります」と答えた。
6 そこでイエスは群衆に地にすわるように命じられた。そして七つのパンを取り、感謝してこれをさき、人々に配るように弟子たちに渡されると、弟子たちはそれを群衆に配った。
7 また小さい魚が少しばかりあったので、祝福して、それをも人々に配るようにと言われた。
8 彼らは食べて満腹した。そして残ったパンくずを集めると、七かごになった。

9 人々の数はおよそ四千人であった。それからイエスは彼らを解散させ、
10 すぐ弟子たちと共に舟に乗って、ダルマヌタの地方へ行かれた。 (マルコによる福音書 第 8 章)

8 During those days another large crowd gathered. Since they had nothing to eat, Jesus called his disciples to him and said, 2 “I have compassion for these people; they have already been with me three days and have nothing to eat. 3 If I send them home hungry, they will collapse on the way, because some of them have come a long distance.”

4 His disciples answered, “But where in this remote place can anyone get enough bread to feed them?”

5 “How many loaves do you have?” Jesus asked.

“Seven,” they replied.

6 He told the crowd to sit down on the ground. When he had taken the seven loaves and given thanks, he broke them and gave them to his disciples to distribute to the people, and they did so. 7 They had a few small fish as well; he gave thanks for them also and told the disciples to distribute them. 8 The people ate and were satisfied. Afterward the disciples picked up seven basketfuls of broken pieces that were left over.

9 About four thousand were present. After he had sent them away, 10 he got into the boat with his disciples and went to the region of Dalmanutha.
+++ +++ +++

これは、イエス・キリストが、集まった4千人の群衆にパンと魚を食べさせたときの情景です。7つのパンと少しの魚を、イエスがいつの間にか増大させ、多くの群衆が食べて満腹したという話しです。これも、イエスの起こした奇跡として、よく知られている。

今では物品の引き寄せとして、イエスが霊的にパンや魚をどこかから引き寄せたという解釈もなされている。或いは、人々が隠し持っていたパンや魚を出したという解釈もある。それをイエスが、群衆に自発的に差し出させたという考えです。水上を歩いたり、病人を癒し、死人を蘇らせたり、飢えた群衆を食べさせたりというイエス・キリストが行った多くの奇跡の中でも、スケールの大きな奇跡の1つです。まさに、「人間には不可能であっても、神にはできないことはない」というイエスの言葉通りです。

つまり、イエス・キリストの一行は、人々から食べ物を与えてもらわなくても、イエスの超能力で食べ物を得ることができたのです。しかし、イエスに助けてもらった人は、イエスを食事に誘い共に食事をするということを選んだのです。イエス・キリストの一行は飢えることはなかったのです。

だから、イエスがイスラエルの王になれば、ユダヤ人は誰も飢えることはなかった。イエスは、ユダヤ人の全てを食べさせることができたのです。しかし、イエスは人々にまず神様への信仰をもつことを教えたのです。神様への正しい信仰があれば、食べ物など生活に必要なものは全て神様によって与えられるというのが、イエスの教えなのです。

しかし、人々は信仰心によって救われるのではなく、カネの力で救われることを選び、その状況が2千年間続いている。これが、人類の歴史なのです。

アダムとイヴの時代以前には、人々は神様への強い信仰心を持っており、食べ物に困ることはなかったというのが、18世紀の神秘家のスウェーデンボルグの説明です。しかし、人々は信仰を失い、神様の力に頼るのではなく、自分の力や物質文明の力に頼り、カネの力で問題を解決するようになり、人間の霊的能力も失われていったとされている。

実際に、食べ物を無から取り出すことができれば、誰もあくせく働く必要はない。ブッダは、人々の間を乞食をして回り、食物を得ていたというが、ブッダよりイエス・キリストの方が大きな超能力を持っていたことになる。ブッダは、真理を人々に説いて、その礼として食物を得ていたのだが、イエスは真理を教えると共に、食物まで人々に与えることができたのです。

これは、神様への信仰心がもつ力の大きさを人々に教える例です。今の世の中でも、問題は全カネで解決できるとの考えが広まっているが、信仰者は問題はカネではなく、神様への信仰心で解決しようとして生きている。実際に、この2千年間、イエスの教えに従って生きてきた信者がイエスの教えを伝えることができたから、今もキリスト教が存在しているのです。

この2千年間に、キリスト教国が食糧不足で亡んだという例はない。特に、キリスト教国のヨーロッパからアメリカ大陸に移住した人々は、農業大綱のアメリカで食料に不足することはなかった。アメリカは、まさに天国のような豊かな国になったのです。

しかし、悪魔はアメリカにも入り込み、アメリカの文化、政治、経済はカネの力によって翻弄されている。そのアメリカが主導する世界自体も、問題にあふれている。アメリカ人が、カネの力ではなく、信仰の力に頼って文明を発展させるべきだったのです。ローマのヴァチカンも物質主義に溺れる世界に信仰の威力を見せるところまでは行っていない。だから、2度もヨーロッパで世界大戦が生じたのです。

従って、日本人がその霊性を伸ばして、イエス・キリストの教えに従って、カネより信仰の力で問題を解決できることを世界に示すべきなのです。

舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった (使徒言行録 第 2 章) (They saw what seemed to be tongues of fire that separated and came to rest on each of them. )2026/08/07 11:48

2 突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。
3 また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。
4 すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。
5 さて、エルサレムには、天下のあらゆる国々から、信仰深いユダヤ人たちがきて住んでいたが、
6 この物音に大ぜいの人が集まってきて、彼らの生れ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけに取られた。
7 そして驚き怪しんで言った、「見よ、いま話しているこの人たちは、皆ガリラヤ人ではないか。
8 それだのに、わたしたちがそれぞれ、生れ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったい、どうしたことか。」(使徒言行録 第 2 章)

2 Suddenly a sound like the blowing of a violent wind came from heaven and filled the whole house where they were sitting. 3 They saw what seemed to be tongues of fire that separated and came to rest on each of them. 4 All of them were filled with the Holy Spirit and began to speak in other tongues[ as the Spirit enabled them.

5 Now there were staying in Jerusalem God-fearing Jews from every nation under heaven. 6 When they heard this sound, a crowd came together in bewilderment, because each one heard their own language being spoken. 7 Utterly amazed, they asked: “Aren’t all these who are speaking Galileans? 8 Then how is it that each of us hears them in our native language?
+++ +++ +++

これは、イエス・キリストの十字架上での刑死後、信者がエルサレムのある部屋に集まっていると、聖霊が人々に下った時の情景です。この有名な状況は、絵画にも描かれて有名になっている。「舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった」時の情景が描かれているのです、

この世でのイエスの死という、霊的にも大きな出来事が、霊界にも大きな影響を与えて、この世に炎のような霊が各信者に現れたのです。このような霊的な奇跡を信じることが、キリスト教徒なのです。

そもそも、物質界であるこの世の大宇宙は神様が霊的エネルギーを使って、その言葉を用いて作られたものなのです。つまり、霊界から物質界が生まれ、人間界も生まれたのです。まぜなら、神様はその霊を人間に吹き込まれたからです。人間の心や精神、その魂は物質から生まれたものではなく、霊界の神様が与えられたものだからです。

また、物質界の全ての物質は、霊的エネルギーで出来ている。だから、物質を研究するこの世の科学が、どこまで発展しても物質の本質は解明できないのです。最先端の量子力学の理論でも、今までの科学の理論では説明がつかない現象が確認されているし、人間の脳の中に人間の意識を生み出す器官や組織、細胞は見つかっていないし、心を生み出すメカニズムも分かっていない。

つまり、科学者はその「心」を用いて「心」を研究しながら、「心」の物質的な源が発見できないので、「心」は存在しないと言っているようなものなのです。或いは、「言葉」を研究しながら、「言葉」の源を科学的に発見できないので、「言葉」は存在しないと結論づけたようなものです。つまり、狂っているのです。この物質文明の最先端の科学者が狂っているのなら、文明自体が狂っていることになる。

従って、霊の存在を認め、霊的な力を認めなければ、この大宇宙や物質界、そして、人間の心の働きが生み出す人間界も理解できないのです。

そして、物質界と霊界は生と死のように隔離されているのではなく、交じりあった部分もある。それを認めるのが宗教であり、心霊主義やスピリチュアリズムなのです。実際に、仮死状態になって、又は、、医学的に死亡した後で生き返って、臨死体験をする人もいる。

また、生きながら霊によって死の世界である霊界を体験した18世紀の神秘家のスウェーデン人のスエーデンボルグという人物もいる。彼は、イギリスの科学者のニュートンと同世代の人間であり、多くの著作を残している。霊界が存在するのを認めるのは、多くの宗教の基本となっている。そして、世界中の民族が霊の存在を認めている。つまり、人類の心には「神様」を認める遺伝子があるとも言える。

ただし、霊界には悪魔がいて、神様に逆らっている。神様が愛する人間の心の中に入り込んで、神様の存在を否定させたり、神様を認めながら、その教えに反抗させたりして、悪魔はどこまでも神様に敵対する。このような悪魔の影響を受けた人間が作った物質文明は、いずれ停滞し、腐敗し、狂って亡びる。それが、イエス・キリストの死後、2千年たった21世紀だと考えられる。つまり、現在、物質文明は滅亡に向かっている。

ニュートンも聖書を研究して、人類の滅亡は2060年頃に始まると書いている。スウェーデンボルグは、人類への最後の審判が21世紀頃に始まるとと述べている。

現代の霊感を持った霊能者も、世の終末が近いことを述べている。

なお、悪魔は人間が物質文明を発展させるのは助けているが、最後には文明を破壊して人々を不幸のどん底に落とそうとしている。悪魔に取り付かれて狂った科学者たちは、科学を発展させながら、この世に地獄をもたらせようとしている。

しかし、イエス・キリストの死後に、火のような聖霊が信者に下ったように、神様は危機に瀕した人々に、聖霊を下して救われることを信じるのが、イエス・キリストの信者なのです。

心を生み出した霊の力を信じることです。霊は、全知全能にして全善なる神様が霊界で生み出したものなのです。そして、霊界や物質界の全ては、神様が霊から作ったものであることを信じることです。

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