「平和の神は、サタンをすみやかにあなたがたの足の下に踏み砕く」 (ローマの信徒への手紙 第 16 章) (The God of peace will soon crush Satan under your feet.)2026/06/09 12:08

17 さて兄弟たちよ。あなたがたに勧告する。あなたがたが学んだ教にそむいて分裂を引き起し、つまずきを与える人々を警戒し、かつ彼らから遠ざかるがよい。
18 なぜなら、こうした人々は、わたしたちの主キリストに仕えないで、自分の腹に仕え、そして甘言と美辞とをもって、純朴な人々の心を欺く者どもだからである。
19 あなたがたの従順は、すべての人々の耳に達しており、それをあなたがたのために喜んでいる。しかし、わたしの願うところは、あなたがたが善にさとく、悪には、うとくあってほしいことである。
20 平和の神は、サタンをすみやかにあなたがたの足の下に踏み砕くであろう。どうか、わたしたちの主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。(ローマの信徒への手紙 第 16 章)

16 Greet one another with a holy kiss.

All the churches of Christ send greetings.

17 I urge you, brothers and sisters, to watch out for those who cause divisions and put obstacles in your way that are contrary to the teaching you have learned. Keep away from them. 18 For such people are not serving our Lord Christ, but their own appetites. By smooth talk and flattery they deceive the minds of naive people. 19 Everyone has heard about your obedience, so I rejoice because of you; but I want you to be wise about what is good, and innocent about what is evil.

20 The God of peace will soon crush Satan under your feet.
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「本書の中心テーマはイエス・キリストへの信仰を通して得られる救いである。パウロはアブラハムを引き合いに出してキリストによる神の恩寵を強調し、人が義(正しい)と決定させられるのは,信者の側の信仰と結び付いた、神の側のこの恩寵のみによることを力説している。また、ユダヤ人にも異邦人にも、誇ったり自分を他の人よりも高めたりする理由は何もないことに注目させている」と「ローマの信徒への手紙」は説明されている。(Wikipedia)

「主キリストに仕えないで、自分の腹に仕え、そして甘言と美辞とをもって、純朴な人々の心を欺く者ども」を警戒せよと述べている。
そして、「善にさとく、悪には、うとくあってほしい」と善を推進するものになることを勧めている。

つまり、「平和の神は、サタンをすみやかにあなたがたの足の下に踏み砕く」と述べ、この世は神様と悪魔の戦いの場であることを教えている。

このように、初期キリスト教の時代には、神様に反逆し、人々の心を神様から離れさせようとする悪魔と、あくまで神様の教えに従う信徒の間の戦いが強調されている。

ローマ帝国の首都ローマで、「49年のクラウディウス帝によるユダヤ人のローマ追放によって異邦人キリスト教徒が主導権を握るようになっていた」(Wikipedia)とされており、キリスト教はローマ帝国で認められるようになっていく。パレスチナで生まれたキリスト教が、世界に広まるきっかけは、ローマ帝国で認められた、やがて、ヨーロッパ中に普及したからです。つまり、ローマ帝国の属国のユダヤで生まれたユダヤ人のための宗教のキリスト教が、やがて、全ヨーロッパ人の宗教となり、また、全人類の宗教となったのです。

それは、キリスト教がこの世の人類の宗教としての力だけでなく、人類に共通の死後の世界、霊界にも通じる宗教だったからです。

民族や国籍が違っても、死の世界、霊界は人類に共通の世界であり、人間の魂には民族や国籍の違いはないのです。人類に共通の問題は、善悪の問題であり、善は神様が推進するものであり、悪は悪魔が推進するものであり、神様は信者を善良にし、悪を推進する悪魔と対抗させておられる。即ち、善悪の問題は、人間にとって根本的な問題なのです。

そして、神様は「サタン(悪魔)をすみやかにあなたがたの足の下に踏み砕く」と述べて、平和を愛し、善を推奨する神様が、悪魔を抑え、悪魔を破壊することを述べておられる。つまり、初期キリスト教の時代から、キリスト教徒は、自分たちの敵が悪魔であることを理解していたのです。

悪魔は、人間の心に入り込み、欲望を刺激し、欲の充足のためには、悪をなさせようとする。そして、悪魔は「甘言と美辞とをもって、純朴な人々の心を欺」し、悪魔を神だとして崇めさせるのです。悪魔は、人々の間に「分裂を引き起し、つまずきを与える人々」として、神様の教えに従う人々を妨害する。つまり、一人ひとりが、神様と悪魔の戦いの最前線にいるのです。

このように、キリスト教は、当初から信者個人と、神様に敵対する悪魔との間の戦いを表す宗教として出発したのです。ただし、神様は「サタン(悪魔)をすみやかにあなたがたの足の下に踏み砕く」と述べて、神様の勝利を信じるのがイエス・キリストの信者なのです。

「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである」 (ルカによる福音書 第 6 章) (“Blessed are you who are poor, for yours is the kingdom of God.”)2026/06/08 11:31

17 そして、イエスは彼らと一緒に山を下って平地に立たれたが、大ぜいの弟子たちや、ユダヤ全土、エルサレム、ツロとシドンの海岸地方などからの大群衆が、
18 教を聞こうとし、また病気をなおしてもらおうとして、そこにきていた。そして汚れた霊に悩まされている者たちも、いやされた。
19 また群衆はイエスにさわろうと努めた。それは力がイエスの内から出て、みんなの者を次々にいやしたからである。
20 そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。
21 あなたがたいま飢えている人たちは、さいわいだ。飽き足りるようになるからである。あなたがたいま泣いている人たちは、さいわいだ。笑うようになるからである。
22 人々があなたがたを憎むとき、また人の子のためにあなたがたを排斥し、ののしり、汚名を着せるときは、あなたがたはさいわいだ。
23 その日には喜びおどれ。見よ、天においてあなたがたの受ける報いは大きいのだから。彼らの祖先も、預言者たちに対して同じことをしたのである。
24 しかしあなたがた富んでいる人たちは、わざわいだ。慰めを受けてしまっているからである。」(ルカによる福音書 第 6 章)

17 He went down with them and stood on a level place. A large crowd of his disciples was there and a great number of people from all over Judea, from Jerusalem, and from the coastal region around Tyre and Sidon, 18 who had come to hear him and to be healed of their diseases. Those troubled by impure spirits were cured, 19 and the people all tried to touch him, because power was coming from him and healing them all.

20 Looking at his disciples, he said:

“Blessed are you who are poor,
for yours is the kingdom of God.
21 Blessed are you who hunger now,
for you will be satisfied.
Blessed are you who weep now,
for you will laugh.
22 Blessed are you when people hate you,
when they exclude you and insult you
and reject your name as evil,
because of the Son of Man.

23 “Rejoice in that day and leap for joy, because great is your reward in heaven. For that is how their ancestors treated the prophets.

24 “But woe to you who are rich,
for you have already received your comfort.
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これが、イエス・キリストの最も有名な教えの1つです。
「貧しき者は幸福だ」という世の中の常識に反した教えです。逆に、「富んでいる人たちは、わざわいだ」と富裕層を呪っています。

これは、物質的な幸福ではなく、死後の霊界に通じる真理なのです。人間界の幸福ではなく、霊界の真実を述べられておられるのです。

霊界では、願ったことは全て実現する。誰でも欲しいものは、全て手に入る。従って、貧富の差による優越感、幸福感などには意味がなくなる。貧富の差によって他人を支配することもできなくなる。しかし、他人に対する愛憎の念だけは残る。また、理由のない優劣の感覚も生き残る。要するに、あの世の霊界では「孤島に流れ着いた漂流者」のように、人間同士は裸で接する。しかも、肉体の力は無意味な状況です。そこでは、愛と信仰心しか力を持たない。

だから、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである」とイエスは述べられたのです。

しかし、悪魔は人間の魂を支配しようとして、人間の心に物欲を生じさせ、悪魔に魂を売ってでも、物欲を満たそうとさせる。カネのためら、悪を受け入れ、他人を騙し、裏切り、或いは、暴力や策略で他人を支配しようとする。果ては、悪霊の力を借りて他人の心を支配しようとする。多くのインチキ宗教が、その目的で利用されている。

教祖が、信者より豊かな宗教団体は全てインチキだと思った方がよい。教祖がホームレスのような宗教のみが信用できる。

そもそも、霊能力や超能力があるから教祖になれるのに、教祖がカネを集める必要などない。宗教団体とは、貧乏人を助ける団体です。魂の救われない富裕層に物欲ではなく、精神を満足させなければ、幸福にはなれないことを教えるのが宗教なのです。つまり、真実の宗教団体とは、貧者の集団なのです。

ブッダもそのような貧者の集団をひきいており、食べ物は一般人から恵んでもらう生き方をしていた。イエス・キリストも貧しく不幸な人々を助けていた。この世の貧とは、魂の救済に通じるのです。そして、貧は聖に通じる。なぜなら、霊的な力があれば、物質的な富は必要ないからです。

逆に、物質的な欲望を満たそうとすることで、人間は悪を受け入れ、悪魔の教えを受け入れ、悪魔を神として崇めるようになる。

しかし、物質的な富が無意味な霊界では、愛と信仰心のみが威力を持ち、神様の愛と神様への信仰心で人間の魂は満たされ、天国の近くへと引き上げられる。これを、霊格が高い状態という。悪魔は最低の霊格を持っており、人間の霊も自分のいる地獄に引きずり込もうとしている。

「富んでいる人たちは、わざわいだ。慰めを受けてしまっている」というのは、この世で富の力で幸福になったことを意味する。この世と霊界で得られる幸福の量は一定であり、この世で多くの幸福を得れば、霊界での幸福は小さくなる。そして、霊界での幸福は天国での永遠の幸福へと通じる。

このような霊界とこの世を貫く真理を、イエス・キリストは教えておられるのです。

要するに、カネは地獄への片道切符なのです。真実の霊能者はカネを毛嫌いする。カネは悪魔の小道具なのです、人間を地獄に引きずりこむ。仏教でも、カネほど汚物にまみれたものはない、と教えている。

清貧とは、物欲を離れた状態であり、天国に受け入れられる必要な条件なのです。

「求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう。」 (ヨハネによる福音書 第 16 章) (Ask and you will receive, and your joy will be complete.)2026/06/07 12:52

24 今までは、あなたがたはわたしの名によって求めたことはなかった。求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう。
25 わたしはこれらのことを比喩で話したが、もはや比喩では話さないで、あからさまに、父のことをあなたがたに話してきかせる時が来るであろう。
26 その日には、あなたがたは、わたしの名によって求めるであろう。わたしは、あなたがたのために父に願ってあげようとは言うまい。
27 父ご自身があなたがたを愛しておいでになるからである。それは、あなたがたがわたしを愛したため、また、わたしが神のみもとからきたことを信じたためである。
28 わたしは父から出てこの世にきたが、またこの世を去って、父のみもとに行くのである」。
29 弟子たちは言った、「今はあからさまにお話しになって、少しも比喩ではお話しになりません。
30 あなたはすべてのことをご存じであり、だれもあなたにお尋ねする必要のないことが、今わかりました。このことによって、わたしたちはあなたが神からこられたかたであると信じます」。
31 イエスは答えられた、「あなたがたは今信じているのか。
32 見よ、あなたがたは散らされて、それぞれ自分の家に帰り、わたしをひとりだけ残す時が来るであろう。いや、すでにきている。しかし、わたしはひとりでいるのではない。父がわたしと一緒におられるのである。
33 これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」。(ヨハネによる福音書 第 16 章)

24 Until now you have not asked for anything in my name. Ask and you will receive, and your joy will be complete.

25 “Though I have been speaking figuratively, a time is coming when I will no longer use this kind of language but will tell you plainly about my Father. 26 In that day you will ask in my name. I am not saying that I will ask the Father on your behalf. 27 No, the Father himself loves you because you have loved me and have believed that I came from God. 28 I came from the Father and entered the world; now I am leaving the world and going back to the Father.”

29 Then Jesus’ disciples said, “Now you are speaking clearly and without figures of speech. 30 Now we can see that you know all things and that you do not even need to have anyone ask you questions. This makes us believe that you came from God.”

31 “Do you now believe?” Jesus replied. 32 “A time is coming and in fact has come when you will be scattered, each to your own home. You will leave me all alone. Yet I am not alone, for my Father is with me.

33 “I have told you these things, so that in me you may have peace. In this world you will have trouble. But take heart! I have overcome the world.”
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「求めなさい、そうすれば、与えられるであろう」というイエス・キリストの言葉は、イエスがご自分の最期の時が来たのを知ったときに、弟子たちに与えられた言葉です。

さらに、イエスは「わたしはすでに世に勝っている」と宣言して、弟子たちを勇気づけられたのです。悪魔の影響下にあるこの世で、悪魔の教えに従う人々の攻撃に打ち勝ったと宣言されたのです。

イエスは、また「わたしはひとりでいるのではない。父がわたしと一緒におられる」と述べて、神様の助けがご自分にあることを述べられ、神様との一体感を強調しておられる。イエス・キリストの背後には神様がおられるという意識を持ってイエスは、この世を生きておられたのです、

このようなイエスとつながることで、弟子は平安を持って。この世で安心と自信の中で生きていくことができたのです、

この世は、多くの不確定な現象に満ちており、万人は万人の敵となって、互いに他人と競争し、他人よりも豊かに生きようとしている。その上、神様に従う者は、悪魔の攻撃を受ける。悪霊に取り付かれた人間は、信仰心のある善良な人間を攻撃する。彼らは、愛よりも憎しみを愛し、他人を貶め、平和よりも争いを好む。また、自分が他人よりも優れているとの優越感を持って、弱者を攻撃し、正直者をバカにする。この世は、悪を好み、他人を踏みつける物で満ちており、神様の教えに従って愛と信仰に生きる者は、そのような邪悪な者に苦しめられる。

神様に反感を持つ悪魔は、神様の教える愛と信仰の生き方に反感を持ち、神様の教えに従う者を攻撃する。当然、イエス・キリストとその弟子たちは、悪魔の敵となる、悪魔のあらゆる攻撃を受ける。そのような悪魔と、悪魔に従う者の攻撃に打ち勝ったとイエス・キリストは宣言されたのです。

これは、善と悪との戦い、愛と憎しみの戦い、真理と虚偽の戦いを理解しなければ、納得できないことです。この世には、多くの悪があり、その根源は神様の愛と悪魔の憎しみから生じている。そして、神様の愛を伝え、その教えに従って生きることをイエス・キリストは実践されたのです。

そして、神様の教えに従えば、死後は霊界の天国近くにまで上げてもらえ、永遠の生を与えられることをイエスは延べ伝えたのです。悪魔に従った者は、霊界の地獄に行く。これが、霊的なキリスト教の教えなのです。

「ほかの人には、ついて行かないで逃げ去る。その人の声を知らないからである」 (ヨハネによる福音書 第 10 章) ("But they will never follow a stranger; in fact, they will run away from him because they do not recognize a stranger’s voice.”)2026/06/06 09:52

1 よくよくあなたがたに言っておく。羊の囲いにはいるのに、門からでなく、ほかの所からのりこえて来る者は、盗人であり、強盗である。
2 門からはいる者は、羊の羊飼である。
3 門番は彼のために門を開き、羊は彼の声を聞く。そして彼は自分の羊の名をよんで連れ出す。
4 自分の羊をみな出してしまうと、彼は羊の先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、彼について行くのである。
5 ほかの人には、ついて行かないで逃げ去る。その人の声を知らないからである」。
6 イエスは彼らにこの比喩を話されたが、彼らは自分たちにお話しになっているのが何のことだか、わからなかった。(ヨハネによる福音書 第 10 章)

“Very truly I tell you Pharisees, anyone who does not enter the sheep pen by the gate, but climbs in by some other way, is a thief and a robber. 2 The one who enters by the gate is the shepherd of the sheep. 3 The gatekeeper opens the gate for him, and the sheep listen to his voice. He calls his own sheep by name and leads them out. 4 When he has brought out all his own, he goes on ahead of them, and his sheep follow him because they know his voice. 5 But they will never follow a stranger; in fact, they will run away from him because they do not recognize a stranger’s voice.” 6 Jesus used this figure of speech, but the Pharisees did not understand what he was telling them.
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羊飼い(the shepherd of the sheep )という言葉は新約聖書によく出てくる。羊飼いについては、「月刊いのちのことば」で次のように説明されている。

「このように旧約聖書の時代、羊飼いは良いイメージでした。しかし、何頭も羊を飼っていると、定期的な休みをとることはできません。羊飼いたちは、「安息日を覚えてこれを聖なる日とせよ」という旧約聖書の律法に従い、シナゴーグ(聖書の朗読を行う集会所。コミュニティの中心であった)の礼拝に毎週行くことができませんでした。ですから、新約聖書の時代になると、羊飼いはユダヤ人たちに好まれない職業となっていたのです。貧しく、文盲と見下され、動物に触れる汚れた職業とされ、裁判での証言も認められませんでした... イエスの言動は、当時のユダヤ社会の指導者たちにとって、また、当時の社会的な価値観に対して、驚きを与えるものだったのです。」

そのような、羊飼いに飼われる羊は、つまり、その当時の人々は、下層の羊飼い以上の惨めな存在であったことが分かる。

つまり、イエスは貴族や王族としてこの世に現れたのではなく、あくまで底辺の人間としてこの世に出現されたのです。これは、ブッダが王族の一員として生まれたのとは対照的です。また、儒教の孔子は、「孔子のお父さんは屈強な武将・軍人だったそうで、正妻との間に男子がひとりも生まれなかったから、年が若くて身分が低い人だった徴在(孔子のお母さん)と正規の婚儀を経ずして密通し、生まれたのが孔子 」(【ことばplus1】)とされている。イエスは、あくまで社会のエリートや富裕層ではなく、貧民の一人としてこの世に出現したのです。

これは、神様の関心が社会の底辺に注がれていることを示している。

また、イエスは「小さき者」という言葉をよく使う。これも、社会の弱者に神様が注目していることを表している。

そのイエス・キリストの教えが、やがて、王侯貴族を従わせるようになったのです。まさに、神様は力ある者を抑え、無力な人間を助けるために、自分の子であるイエスをこの世に遣わされたのです。かつ、この世で知恵のある者を退け、この世で無能と呼ばれるような素直な信者を取り上げられたのです。この世の利口者や学者の知恵は、神様の意に適うことはないのです。

聖書を読めば、人々は価値観が180度変わる。そもそも、イエス・キリストが生まれたのは、貧しい馬小屋だった。そのイエスが、万民を従わせる指導者となった。これは、革命的な話しです。悪魔の影響下の人間社会では、悪魔を喜ばす者が高い地位を与えられるが、神様の支配する霊界では、神様の教えに従う霊が高い地位を与えられるのです。

この世のエリートや富裕層は、神様の教えから離れ、悪魔に従うことで物質的な幸福を得ている。彼らの犠牲になった下層の人々を愛するのが、イエス・キリストの使命なのです。

日本人も、物質的な成功を願わず、霊的な救いを求めて生きるべきです。この世の秩序は、霊界の秩序とは逆なのです。

「イエスなら自分は知っている。パウロもわかっている。だが、おまえたちは、いったい何者だ」 (使徒言行録 第 19 章) (“Jesus I know, and Paul I know about, but who are you?”)2026/06/05 11:46

15 すると悪霊がこれに対して言った、「イエスなら自分は知っている。パウロもわかっている。だが、おまえたちは、いったい何者だ」。
16 そして、悪霊につかれている人が、彼らに飛びかかり、みんなを押えつけて負かしたので、彼らは傷を負ったまま裸になって、その家を逃げ出した。
17 このことがエペソに住むすべてのユダヤ人やギリシヤ人に知れわたって、みんな恐怖に襲われ、そして、主イエスの名があがめられた。
18 また信者になった者が大ぜいきて、自分の行為を打ちあけて告白した。
19 それから、魔術を行っていた多くの者が、魔術の本を持ち出してきては、みんなの前で焼き捨てた。その値段を総計したところ、銀五万にも上ることがわかった。
20 このようにして、主の言はますます盛んにひろまり、また力を増し加えていった。(使徒言行録 第 19 章)

15 One day the evil spirit answered them, “Jesus I know, and Paul I know about, but who are you?” 16 Then the man who had the evil spirit jumped on them and overpowered them all. He gave them such a beating that they ran out of the house naked and bleeding.

17 When this became known to the Jews and Greeks living in Ephesus, they were all seized with fear, and the name of the Lord Jesus was held in high honor. 18 Many of those who believed now came and openly confessed what they had done. 19 A number who had practiced sorcery brought their scrolls together and burned them publicly. When they calculated the value of the scrolls, the total came to fifty thousand drachmas.[c] 20 In this way the word of the Lord spread widely and grew in power.
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イエス・キリストの死後、弟子たちはその教えを人々に伝えるだけでなく、悪霊と戦わねばなならなかった。また、魔術を行っていた者たちとも戦い、霊的な状況を改善した。

科学技術の発展した今日では、迷信とされるような、霊的な現象を多くの人が信じていたが、正しく霊的な現象を捉えていた者は少なく、魔術と呼ばれるような力を用いて人々を迷わす者も多かった。しかし、霊的な力は存在していたのであり、悪魔も人間に霊的な力を持って干渉していた。今日では、表面に出ない霊的な現象を多くの人が感じて生きていた。だから、イエスの弟子たちの霊的な力も良く理解されていた。そのような時代を理解しなければ、イエス・キリストの教えが広まった状況は理解できない。

自然現象の背後にも、神様の力が働いているとして、全てを神様の意志の現れだと考えることは正しいが、神様の意図と具体的な自然現象の間には、多くの段階があり、また、そこで働く力も多くの要因から成っており、神様の意志を直接知ることは困難です。

しかし、悪魔は人間に直接働きかけ、人間の心に入り込み、人間を支配する。また、ある時には、この使徒伝が伝えるように、悪魔が人に取り付き、その人を狂わせ、暴れさせたりすることがあった。今日では、心理学や精神医学の問題とされている現象も、霊的な問題である場合が多い。

科学の発展する時代の前には、そのような霊的な力の働きを人々が、直接感じることも多かった。それだけ、宗教的な教えは理解されることが早かった。また、真実の霊的な教えは人々に理解されることも容易であった。

今日でも、神様の意志や霊的な力は自然界でも、人間界でも働いているが、人間の文明の発展によって、人間は科学的に物事を理解できるようになり、霊的な判断などは迷信として遠ざけるようになり、目に見えな悪魔などの存在することは無視するようになった。しかし、科学的な扱いには限界があり、霊的な扱いをしなければ、自然も人間も本当に扱うことはできない。なぜなら、この世の全てのものは、神様の霊的な力で生じたからであり、人間界の現象も人の心を支配する霊的な力の現れだからです。

空を雲が流れるのも、人が何かを意志するのも、全て神様の与えた霊的な力の現れなのです。

従って、全ての現象の背後に神様の力を感じるのが、正しい生き方だということになる。しかし、悪魔も霊的な力を持っており、自然界や人間界に干渉する。そして、そのような力を利用する魔術も人間は利用しようと考える。そのような時代に、キリスト教は生まれたのです。

日本では、まだ、稲作による文明が発展する前の時代です。それだけに、日本人も古代の精神状況を思い出し、自然の中に神様の力を感じ、人の心の中に霊的な力を感じるようにならなければ、聖書は理解できない。

これは、文明を逆戻りさせることではなく、科学や物質文明を正しく発展させ、万物の創造主の神様の力を正しく理解するということです。そう意味で、2千年前のイエス・キリストの時代の状況を見直すことが非常に参考になる。その時代の日本人の生活や考えを書き記されたものがないだけに、人類の代表としての当時のパレスチナのユダヤ人の言行録を参考にする必要もあるのです。

「『使徒言行録』の内容は、一口で言えばキリスト教の最初期の様子である。特に2人の使徒ペトロとパウロの活躍が中心に描かれている。さらにエルサレム教会と初期のユダヤ人のみのキリスト教コミュニティーがコルネリウスの洗礼をへて異邦人(非ユダヤ人)の間へと広がっていた様子が記録されている」(Wikipedia)。

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