「そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう」 (マタイによる福音書 第 13 章) (where there will be weeping and gnashing of teeth)2026/03/11 12:22

45 また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。
46 高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。
47 また天国は、海におろして、あらゆる種類の魚を囲みいれる網のようなものである。
48 それがいっぱいになると岸に引き上げ、そしてすわって、良いのを器に入れ、悪いのを外へ捨てるのである。
49 世の終りにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御使たちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、
50 そして炉の火に投げこむであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。
51 あなたがたは、これらのことが皆わかったか」。彼らは「わかりました」と答えた。 (マタイによる福音書 第 13 章)

45 “Again, the kingdom of heaven is like a merchant looking for fine pearls. 46 When he found one of great value, he went away and sold everything he had and bought it.
47 “Once again, the kingdom of heaven is like a net that was let down into the lake and caught all kinds of fish. 48 When it was full, the fishermen pulled it up on the shore. Then they sat down and collected the good fish in baskets, but threw the bad away. 49 This is how it will be at the end of the age. The angels will come and separate the wicked from the righteous 50 and throw them into the blazing furnace, where there will be weeping and gnashing of teeth.

51 “Have you understood all these things?” Jesus asked.

“Yes,” they replied.
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これは、世の終わりについて、イエス・キリストが語った言葉です。

「世の終りにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御使たちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、そして炉の火に投げこむ」という言葉は、霊的に、天使が善人と悪人を区別して悪人を地獄の火の中に投げ込むという意味です。

これは、この世のことではなく、霊的な状況について述べておられることです。この世の終わりには、霊界でも最後の裁きが行われ、善人と悪人の霊がより分けられて、悪人の霊が地獄に投げ入れられる。そして、悪人の霊は「泣き叫んだり、歯がみをしたりする」と述べておられ。全ての霊は、天国のすばらしさは分かるが、そこから追い出され、地獄に投げ込まれれば、苦しみしかない状況になる。それは、霊としては選択を誤ったことになり、後悔して「泣き叫んだり、歯がみをしたりする」ということになる。

霊は不死であり、不滅ですが、地獄に落ちた霊は、悪魔と共に霊自体が消滅させられる。即ち、これは第二の死であり、永遠の消滅なのです。魂自体が消滅されるということは、本当に無になるということであり、これは、無神論者や霊界の存在を信じない者が、「死ねば無あるのみ」ともっともらしく語る言葉ですが、死後に霊界が存在し、天国で善人が永遠の命を得ることを知ったとき、彼らが後悔することを示している。

世の終わりとは、この世の人間界が消滅するときであり、もはや霊は霊界から人間界に下って来ることはなくなる。つまり、魂の輪廻転生はなくなる。この物質界から地球や宇宙が消えるときだと考えられる。

物理学的には、何千億年の何億倍、又は、何兆年の何兆倍、又は、それ以上の時がたった時、この宇宙の物質は全てエネルギーを失い、無に帰すと言われているが、そのはるか前に、生物としての人類が亡びるときが、世の終わりだとも考えられる。

人間の霊が、肉体の死後、霊界に入って、霊界を存在させているので、物質的に人間が存在しなくなれば、霊界も閉じることになる。天国に受けいれられた善霊は、そこで永遠の命を得て、神様の霊の下で永遠に生きる。これが、真の魂の救済なのです。

しかし、悪魔と結びついた霊は、悪魔や地獄と共に永遠に消え去る。これが、本当の死の恐怖なのです。霊界には、完全な霊のみが存在し、霊界自体が天国や神界になる。霊界には、万物の創造主の神様と、聖霊、天使、善霊たちと、善人の霊のみが存在することになる。

この世の終わりは、善人にとって、100%、愛と善の世界が霊界で実現することになる。だから、信仰者は世の終わりを恐れることはない。

つまり、人間は善人と悪人に分かれ、両者は究極的には、永遠の命と無に分けられる。だから、意人と悪人は永遠に分かたれることになる。悪人は善の価値を理解できないし、善の何たるかも理解できない。悪魔を説得して、悔い改めさせることはできない。これは、悪人は聖言を理解できないという意味になる。善人と悪人は互いに外国人のようなものなのです。悪人を説得しようとするのは無駄なことです。ただし、魂が悪魔によって100%支配されていない人間は、回心によって心を入れ替え、真人間になることはある。人を回心させるのは、イエス様の力であり、善人が悪人を説得できると思ってはならない。だから、人を責めるのは無駄な行為であり、聖書は「人を責めて裁いてはならない」と教えている。

これが、霊的な運命の厳しさです。

だから、人間界でも悪人を責めて、悔い改めさせることはできない。悪は善を理解しないし、狂った悪魔はどこまでも神様に逆らうのが生きがいなのです。人を罰することの効果を期待してはならない。

イエス・キリストの言葉を信じる信仰者は、愛と善と信仰をもって生きること自体に価値を見出すのであり、悪の誘惑などは忌み嫌うのです。

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