「からだを殺しても、そのあとでそれ以上なにもできない者どもを恐れるな」(Do not be afraid of those who kill the body and after that can do no more)(ルカによる福音書 12:4~5)2025/08/24 23:54

“I tell you, my friends, do not be afraid of those who kill the body and after that can do no more. But I will show you whom you should fear: Fear him who, after your body has been killed, has authority to throw you into hell. Yes, I tell you, fear him.”

「そこでわたしの友であるあなたがたに言うが、からだを殺しても、そのあとでそれ以上なにもできない者どもを恐れるな。恐るべき者がだれであるか、教えてあげよう。あなたを殺したあとで、更に地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい。そうだ、あなたがたに言っておくが、そのかたを恐れなさい。」(ルカによる福音書 12:4~5)

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イエス・キリストが人々の中で弟子に教えた言葉です。これが、信仰のために命をかける弟子たちの心の拠り所となっている。この教えに従っているので、弟子たちは命の危険も顧みずに伝道にまい進できたのです。

宗教の布教のために命をかける人間は、今ではほとんどいない。しかし、過去2千年にわたってキリスト教は、命をかけて宣教する伝道士たちによって広められて来たのです。これが、キリスト教の大きな特質です。

日本へは、16世紀の戦国時代にポルトガルやスペインによってキリスト教が伝えられ、戦国の世の収束に貢献した。キリスト教の平和の教えが、殺伐な戦国時代に光をもたらし、キリスト教を受け入れた武将たちは、争いより和平を好むようになった。ただし、戦国で勝利者となった秀吉や家康は、最後にはキリスト教に背を向けた。それは、当時のポルトガルやスペインが、アジアを植民地化しようとする意図を持っていることに気づいたからです。

しかし、秀吉や家康によって、死をもって棄教を迫られても、多くの当時の日本人信仰者は殺されてもキリスト教を捨てなかった。イエスの教えによれば、死後は天国に入れることを、信者は固く信じていたからです。そして、ある者は隠れキリシタンとして、社会の中でキリスト教の信仰を隠しながら生きていくことを選んだ。明治維新によって、キリスト教が許されたとき、九州で多くの隠れキリシタンが見つかったことは、よく知られている。

江戸時代には、仏教が重んじられ、全国民が仏教寺院の管理下に置かれたが、キリスト教の信仰は生き残っていたのです。

明治になって、天皇家をかついだ薩摩・長州の武士は仏教より、天皇神道を選び、それを事実上の国教としたが、かつてキリスト教を圧迫した徳川幕府側の武士の中にはキリスト教を選ぶものが多かった。その子孫が、キリスト教の神父や牧師になった例も多い。そして、1945年の日米戦争の敗戦により、日本はキリスト教精神に基づく新憲法を受け入れ、日本は準キリスト教国として今日に至っている。

かつて、死をも恐れないキリスト教信仰を持った日本人がいたことを、現在の日本人は忘れるべきではない。

歴史的神学観から言えば、かつて悪魔は日本からキリスト教の信仰を根絶やしにしようとしたが、今では日本は準キリスト教国として平和と繁栄を享受している、つまり、悪魔は敗れ去ったのです。

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