『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている』 (マタイによる福音書 第 15 章) (‘These people honor me with their lips, but their hearts are far from me')2026/01/21 14:21

3 イエスは答えて言われた、「なぜ、あなたがたも自分たちの言伝えによって、神のいましめを破っているのか。
4 神は言われた、『父と母とを敬え』、また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。
5 それだのに、あなたがたは『だれでも父または母にむかって、あなたにさしあげるはずのこのものは供え物です、と言えば、
6 父または母を敬わなくてもよろしい』と言っている。こうしてあなたがたは自分たちの言伝えによって、神の言を無にしている。
7 偽善者たちよ、イザヤがあなたがたについて、こういう適切な預言をしている、
8 『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。
9 人間のいましめを教として教え、無意味にわたしを拝んでいる』」。(マタイによる福音書 第 15 章)

3 Jesus replied, “And why do you break the command of God for the sake of your tradition?
4 For God said, ‘Honor your father and mother’ and ‘Anyone who curses their father or mother is to be put to death.’
5 But you say that if anyone declares that what might have been used to help their father or mother is ‘devoted to God,’
6 they are not to ‘honor their father or mother’ with it. Thus you nullify the word of God for the sake of your tradition.
7 You hypocrites! Isaiah was right when he prophesied about you:

8 “‘These people honor me with their lips,
but their hearts are far from me.
9 They worship me in vain;
their teachings are merely human rules.'”
+++ +++ +++

これは、パリサイ人と律法学者たちとが、エルサレムからイエス・キリストのもとに来たときに、イエスが述べた言葉です。

「だれでも父または母にむかって、『あなたにさしあげるはずのこのものは供え物です』、と言えば、父または母を敬わなくてもよろしいと言っている。こうしてあなたがたは自分たちの言伝えによって、神の言を無にしている」と、当時のユダヤ教の指導者の姿勢について批判している。

「両親を敬え」と言う、神様の教えを無視することは許されない。宗教のためだからといって、両親を無視することは許されない。

これは、宗教と家族の関係について厳しい言葉です。教団のためなら、両親などの家族を無視してもよい、などという教えは神様の教えに反しているという批判です。

信仰というものは、他の人を犠牲にするものではなく、他の人を救うものであるべきです。特に、家族の中で宗教が異なるのは一家の不和のもとになる。家族と異なる宗教に従う場合は、その宗教が家族をも救うものか否かをよく考えなければならない。新たな宗教を受け入れる場合には慎重であるべきであり、特に両親の信仰と対立する場合には、その宗教が両親にとって受けいられるものかを良く考えねばならない。

ある一家に不和をもたらす宗教は危険です。教団も、新たな信者を勧誘する場合には、その信者の家族の幸福を第一に考えねばならい。しかし、その宗教に本当に権威と威力があるなら、自然と信者の家族も受け入れるものです。

現代の日本でも、宗教がらみの事件で、元首相が射殺されるという事件が起きている。その発端は、犯人の家族内である宗教がもたらした不和です。その不和は、その宗教団体が多額のお布施を家族内の母親から取っていたことによる。つまり、悪魔の小道具のカネがその一家を不幸に陥れたことになる。母親が、子供のためにカネを使うのではなく、評判の悪い宗教団体へのお布施に多額のカネを使ったという事件です。

(聖書では、子供が宗教団体への寄付を両親への支援よりも優先する例をあげているが、日本の事件では、母親が子供への養育費よりも、宗教団体への寄付を優先させたという、逆の異常な事例です。)

これは、カネが人間に不幸をもたらすという、多くの事例の1つですが、射殺されたのが多くの国民に影響力をもつ元首相であったという点で大きな事件になった。事件の背後には、カネと結びついた悪魔がいる。日本に混乱をもたらそうとする悪魔が笑っている。第一の原因は、宗教とカネの問題であり、そのような拝金主義のインチキ宗教を許す日本社会の現状であり、社会全体が事件の責任を負うべきであり、悪魔による被害者とでもいうべき犯人の家族だけを責めるわけにはかない。

もちろん、殺人は宗教以前の悪であり、殺人犯は法的に許されるものではないが、イエス・キリストは、「人を責めてはならない
」と教えておられる。犯人を法的には裁いても、被害者だけでなく犯人にも悪魔から救われるための助けを社会は差し伸べねばならない。従って、無期懲役などという判決を出せばすむものではない。真の犯人とも言うべき、世の中の人々に、反省を求める判決でなければならない。主犯は殺人者の犯人だが、この社会の構成員である全国民も罪を免れることはできない。その構成員の一人として、裁判官自身が自分を裁かねばならない。元首相殺人事件の責任は社会の一員たる裁判官をはじめとして、全国民にもある。

インチキ宗教の犠牲者である、事件の犠牲者を救う判決であるだけでなく、加害者を悪魔から救い、全国民に反省を求める判決でなければならない。判決は法的なものであるだけでなく、霊的・宗教的なものでなければならない。

突き詰めれば、インチキ宗教の存在を許した社会が真犯人であり、その社会で暗躍する悪魔が責められるべき黒幕だということになる。そして、悪魔を裁けるのは真実の宗教の神様だということになる。従って、神ならぬ裁判官は法的な判決を下せても、なお、真の神様の判決を求めなければならない。

だから、その気持ちが裁判所の判決に表れていなければ、その判決は無意味なものになる。従って、イエス・キリストを信じる者は、裁判官に代わって真の神様に霊的な介入をされるように祈らなければならない。

死んだ元首相だけでなく犯人家族も悪魔に苦しめられることから救うのが、真の信仰者の責務です。「犯人には、自分が神様から許されたと判断できるまでは、刑務所にいるべきだ」との判決が望ましい。

人間社会の真の敵は、悪魔なのです。その犠牲者が元首相であり、その宗教団体の犯人家族であるわけです。いずれにしても、犠牲者の元首相やその家族、並びに、犯人とその家族の魂の救済を願わずにはいられない。

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