「この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉い」 (マタイによる福音書 第 18 章) (whoever takes the lowly position of this child is the greatest in the kingdom of heaven)2026/01/01 11:24

1 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。
2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、
3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。
4 この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。
5 また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。」(マタイによる福音書 第 18 章)

18 At that time the disciples came to Jesus and asked, “Who, then, is the greatest in the kingdom of heaven?”

2 He called a little child to him, and placed the child among them.
3 And he said: “Truly I tell you, unless you change and become like little children, you will never enter the kingdom of heaven.
4 Therefore, whoever takes the lowly position of this child is the greatest in the kingdom of heaven.
5 And whoever welcomes one such child in my name welcomes me.
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これは、謙虚さを讃えたイエス・キリストの幼な子を使った譬えです。

逆に、自分をほめる、尊大ぶる、自分をたいしたものだと思う人間は天国に入れなしし、入っても高く評価されない。だから、この世のエリートは天国では高い地位を与えられない。

この精神からキリスト教会は幼稚園や保育園を併設することが多い。日本のたとえでも、「負った子に教えられ」というものがある。日本人は欧米より幼子を愛する文化だと言われている。幼児には独特の霊的な世界がある。それは、天国の影響を受けている。子供は、性善説を象徴している。

キリスト教が、奴隷と、貧者と、子供の宗教だと言われるゆえんです。

日本人は、世界一の偉大な人間になろうとするのではなく、世界一の謙虚な人間になるのを目指すべきです。

はじめに神は天と地とを創造された (創世記 第 1 章) (In the beginning God created the heavens and the earth.)2026/01/02 12:14

1 はじめに神は天と地とを創造された。
2 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
3 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
4 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
5 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
6 神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。
7 そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。
8 神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。(創世記 第 1 章)

1 In the beginning God created the heavens and the earth.

2 Now the earth was formless and empty, darkness was over the surface of the deep, and the Spirit of God was hovering over the waters.

3 And God said, “Let there be light,” and there was light.

4 God saw that the light was good, and he separated the light from the darkness.

5 God called the light “day,” and the darkness he called “night.” And there was evening, and there was morning—the first day.

6 And God said, “Let there be a vault between the waters to separate water from water.” 7 So God made the vault and separated the water under the vault from the water above it. And it was so. 8 God called the vault “sky.” And there was evening, and there was morning—the second day.
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旧約聖書の最初の書物「創世記」の冒頭の言葉です。

これは、モーセが著述したとされており、いわゆるモーセ五書は、ユダヤ教においてはトーラーと呼ばれている。

聖書が天地創造の由来から始まっていることは、興味深い。特に、「神の霊」という表現によって、聖書は霊を表した書物であることは明らかです。

要するに、神様は霊界から、霊的エネルギーを使ってこの世の物質界、大宇宙を作られ、さらには、地球の無生物や生物、人間をも作られたというのがユダヤ教、キリスト教の教義なのです。

ちなみに、仏教ではブッダが宇宙を作ったとは教えていない。しかし、イエス・キリストは万物の創造主の神様の一人子であり、人間の主であり、神様と同等だということを教えている。

いずれにしても、この物質界の前には霊界があり、人間は物質である肉体の中に、霊界から人間の霊が入ってできたものだと言うのが正しい宗教観であり、真実だということを認めるのが、人間の正しい宇宙観なのです。そして、霊界と物質界を造られたのは神様なのです。

霊界には、天使やさまざまな大霊があり、人間界に下ってさまざまな宗教を打ち立ている。しかし、人間の宗教は霊界の下にある。また、霊界には悪魔や地獄がある。しかし、霊界には神様の近くに天国があり、神様が作られた霊は、神様の許しによって、天国に入って永遠の命を与えられるのが、本来のキリスト教の教えなのです。

「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである」 (ルカによる福音書 第 5 章) (new wine must be poured into new wineskins.)2026/01/03 12:17

36 それからイエスはまた一つの譬えを語られた、「だれも、新しい着物から布ぎれを切り取って、古い着物につぎを当てるものはない。もしそんなことをしたら、新しい着物を裂くことになるし、新しいのから取った布ぎれも古いのに合わないであろう。
37 まただれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそんなことをしたら、新しいぶどう酒は皮袋をはり裂き、そしてぶどう酒は流れ出るし、皮袋もむだになるであろう。
38 新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである。
39 まただれも、古い酒を飲んでから、新しいのをほしがりはしない。『古いのが良い』と考えているからである」。(ルカによる福音書 第 5 章)

36 He told them this parable: “No one tears a piece out of a new garment to patch an old one. Otherwise, they will have torn the new garment, and the patch from the new will not match the old.
37 And no one pours new wine into old wineskins. Otherwise, the new wine will burst the skins; the wine will run out and the wineskins will be ruined.
38 No, new wine must be poured into new wineskins.
39 And no one after drinking old wine wants the new, for they say, ‘The old is better.’”
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このイエス・キリストの教えもよく知られています。新たな信仰は、新たな生活で表すべきだという意味です。

或いは、新たな霊は、新たな生き方で表すべきだという意味です。いつまでも、古いものに固執していてはいけない。人の人生でも、状況が変わる局面があります。そのときには、新たな状況に対応した新たな生き方が求められます。変化というのが人生です。毎日、修業の心で生きていれば、毎日、新たな段階に進み、新たな世界が見えてきます。古い考え方にこだわってはならない。

毎年、同じような世界が見えていても、信仰心が高くなれば、その見える世界の意味も異なってきます。新たな生き方が常に求められているのです。

これは、人間が死んで霊界に入る場合にもあてはまります。臨死体験を経験した人は、死後の世界、即ち、霊界の素晴らしさを語っています。しかし、この世に執着する人は、霊界で魂の向上を目指すことができません。死後は、霊界で生き、生きとして生きることが期待されているのです。そして、天国を目指して霊格を高めるべきです。

死後の霊界は素晴らしい所なので、普通は、もはやこの世のことは忘れると思われます。特に信仰者は、天国にいる神様に近づけるので大きな喜びに満たされます。

ただし、悪魔に魂を売った人間は、自ら地獄に行き、闇の世界に入ります。これが、悪の報酬です。

死後の霊界で天国の光と愛を目指すのは、信仰者なのです。

わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります (ヨハネによる福音書 第 17 章) (My prayer is not that you take them out of the world but that you protect them from the evil one.)2026/01/04 21:37

14 わたしは彼らに御言を与えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世のものでないように、彼らも世のものではないからです。
15 わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります。
16 わたしが世のものでないように、彼らも世のものではありません。
17 真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言は真理であります。(ヨハネによる福音書 第 17 章)

14 I have given them your word and the world has hated them, for they are not of the world any more than I am of the world.
15 My prayer is not that you take them out of the world but that you protect them from the evil one.
16 They are not of the world, even as I am not of it.
17 Sanctify them by[d] the truth; your word is truth.
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これは、イエス・キリストが天を仰いで神様に祈ったときの言葉です。

悪魔の影響下にあるこの世では、悪魔に魂を売った者が多い。彼らは、神様の子であるイエスを憎む。そして、弟子たちも憎む。

イエスの言葉を信じた弟子たちの魂は、この世から霊界に入り、天国の近くに引き上げられる。弟子たちもイエス・キリストと同じように、この世の存在ではなくなり、霊的な存在となる。

しかし、悪魔と悪霊はこの世の人間であるイエスや弟子たちを攻撃する。実際に、悪魔の手下となった悪人にイエスは十字架上で刑死させられる。イエスと同じような悲劇に会わないように、神様がイエスの弟子を助けてくれるようにと、イエスは神様に願ったのです。

そこで、神様がイエスの弟子たちを聖なるものとして守れば、彼らは悪魔から守られる。神様の言葉は真理であり、真理には力があり、それによって信仰者は守られる。

イエス・キリストは悪魔に勝つために、あえて十字架刑を受けいれたが、弟子たちにそのような試練を回避させようとして、弟子たちへの愛情から、神様に弟子を守ってくれるようにとイエスは神様に願われた。

この言葉は、悪魔との戦いの厳しさを伝えるとと同時に、イエス・キリストによる信者への愛情を表している。

自分は、イエス様のお陰で神様に守られていると信じるのが、本当のキリスト教徒です。

「もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移る」 (マタイによる福音書 第 17 章) (if you have faith as small as a mustard seed, you can say to this mountain, ‘Move from here to there,’ and it will move.)2026/01/05 22:52

17 イエスは答えて言われた、「ああ、なんという不信仰な、曲った時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか。いつまであなたがたに我慢ができようか。その子をここに、わたしのところに連れてきなさい」。
18 イエスがおしかりになると、悪霊はその子から出て行った。そして子はその時いやされた。
19 それから、弟子たちがひそかにイエスのもとにきて言った、「わたしたちは、どうして霊を追い出せなかったのですか」。
20 するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからである。よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。」(マタイによる福音書 第 17 章)

17 “You unbelieving and perverse generation,” Jesus replied, “how long shall I stay with you? How long shall I put up with you? Bring the boy here to me.” 18 Jesus rebuked the demon, and it came out of the boy, and he was healed at that moment.

19 Then the disciples came to Jesus in private and asked, “Why couldn’t we drive it out?”

20 He replied, “Because you have so little faith. Truly I tell you, if you have faith as small as a mustard seed, you can say to this mountain, ‘Move from here to there,’ and it will move. Nothing will be impossible for you.”
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イエス・キリストとその弟子たちが群衆共にいるときに、てんかんで苦しむ子供を連れてきた人がおり、弟子たちにその子を治してもうらおうとしたが、できなかったと、イエスにうったえた時の、イエスの言葉です。

「からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移る」というのは、有名なイエスの言葉です。

神様に対して強い信仰心があれば、悪魔ですら追い出すことができ、悪魔から解放された人間はいやされる。つまり、心霊治療は、神様への強い信仰心が基礎になっている。

人が病気になるのは、心理的原因が多い。生活から心理的にストレスをため、無意識に体調のコントロールを崩し、体調が狂い、病気になることが多い。それが、欲のからんだ生活だと悪魔が心に入り込み、無意識にでも体調を崩させる。だから、そのような利益を追求する生活をやめ、神様の与えられる恵みを信じる生き方をすれば、生活に余裕が出来、体調も改善する。

悪魔の支配下にあるこの世では、欲を追求し、自己愛による目的を追求し、貧しい隣人を無視するようになり、悪魔に導かれて無理をするようになる。やがて、心は闇に覆われ、体調も健全なコントロールができなくなり、発病することが多い。

現代医学では、世の中の風潮が病気の原因だと分かっていても、欲に駆られた医者たちには、病人を根本的には治せない。欲に駆られて無理をしたり、生活に追われて無理をするのが病気の遠因だが、その背後には悪魔がいる。医者の背後にも悪魔がおり、信仰心のない医者には根本的な治療はできない。逆に、信仰者には心霊治療が出来て、人々を癒すことができる。これが、本当の医療革命です。

実際、神様に対して強い信仰心があれば、神様が霊的力を与えて下さる。病人も癒せるようになる。また、この世の隣人に対して愛を持つようになり、神様の天使たちが霊界から下って自分を守って下さる。そして、神様は願いを聞き入れてくれる。

だから、「山をも動かす強い信仰心を持て」というのが、キリスト教の教えになっている。

悪魔は、神様の力には勝てないので、信仰者が強い信仰心で神様と結びつけば、悪魔を人間から追い出して霊的に病人を清めて癒し、ひいては肉体の病をも癒すことができる。

信仰とは、神様の霊を信じる心だということを、イエス・キリストは教えている。

だから、本当の信仰者は信仰の力で病にもならないし、隣人愛によって人の病も治せる。心霊治療家は、無意志的に神様への霊的な信仰心と病人への愛を持っている。信仰と愛が病気を癒すのです。この世で信じる宗教や無宗教の違いはあっても、霊的な信仰心があれば、山をも動かすことができる。山を動かすことができれば、病人も癒すことができる。

つまり、神道や仏教でも、霊的な信仰心を持つようになれば、イエス・キリストの信仰者と同じく、霊的な力を発揮できる。だから、優れた修行者は病人を癒す力を持っている。そのような伝説は日本にも多い。

この世の宗教ではなく、霊的な信仰心の強さが問題なのです。キリスト教徒以外の、霊的な治療家を軽んじてはいけない。

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