『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』 (使徒言行録 第 11 章) (‘Do not call anything impure that God has made clean.’) ― 2026/09/06 14:42
4 そこでペテロは口を開いて、順序正しく説明して言った、
5 「わたしがヨッパの町で祈っていると、夢心地になって幻を見た。大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、天から降りてきて、わたしのところにとどいた。
6 注意して見つめていると、地上の四つ足、野の獣、這うもの、空の鳥などが、はいっていた。
7 それから声がして、『ペテロよ、立って、それらをほふって食べなさい』と、わたしに言うのが聞えた。
8 わたしは言った、『主よ、それはできません。わたしは今までに、清くないものや汚れたものを口に入れたことが一度もございません』。
9 すると、二度目に天から声がかかってきた、『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』。
10 こんなことが三度もあってから、全部のものがまた天に引き上げられてしまった。(使徒言行録 第 11 章)
4 Starting from the beginning, Peter told them the whole story: 5 “I was in the city of Joppa praying, and in a trance I saw a vision. I saw something like a large sheet being let down from heaven by its four corners, and it came down to where I was. 6 I looked into it and saw four-footed animals of the earth, wild beasts, reptiles and birds. 7 Then I heard a voice telling me, ‘Get up, Peter. Kill and eat.’
8 “I replied, ‘Surely not, Lord! Nothing impure or unclean has ever entered my mouth.’
9 “The voice spoke from heaven a second time, ‘Do not call anything impure that God has made clean.’ 10 This happened three times, and then it was all pulled up to heaven again.
+++ +++ +++
インターネットのAIによれば、この聖書の「使徒言行録」については、
「主に次の流れです。
ペテロが異邦人にも福音が及んだことを説明する
コルネリウスの出来事がエルサレムで報告される
アンティオキアで多くの人が信仰に入る
弟子たちがそこで初めてキリスト者と呼ばれる
飢饉の知らせを受け、援助が送られる
これらの流れは、使徒言行録全体の中でも福音がユダヤ人の枠を越えて広がる大きな転換点として読まれています」と記されています。
イエス・キリストの十字架上での死後、イエスが弟子たちに姿を見せられて、イエスが死に打ち勝ったことを知った弟子たちは、勇気を得て世界に伝道を始めたときに、弟子のペテロが見た幻について書かれた部分がこの第11章です。
つまり、キリスト教は、イエス・キリストの霊的な力で成立したのです。科学的な合理性を重んじる欧米の文明が、霊的な力で成立したキリスト教を基盤としていることは、驚くべきことです。
そのペテロが見た幻の中で、「大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、天から降りてきて、わたしのところにとどいた」が、ペテロが「清くないものや汚れたものを口に入れたことが一度もございません』と神様に言うと。神様は『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』と、ペテロを戒めたというのが、この第11章の話です、
つまり、ユダヤ教の教えなどより、神様が直接行ったことを信ぜよということです。この精神に従って、ペテロは伝道を続け、イエス・キリストの教えはローマ帝国の領域から、全世界に広まって行き、第二次世界大戦後は、日本でも自由にキリスト教を学ぶことができるようになったのです。
いや、むしろ、キリスト教が日本で学べるように第二世界大戦が生じたとも考えられます。つまり、イエス・キリストの死後、1900年経過して、日本でイエス・キリストの教えが自由に学べるようになったのです。
実際、第二次世界大戦の日米戦争に敗北した日本に、キリスト教国アメリカの民主主義に基づく新憲法が、マッカーサー占領軍司令官によって導入され、現在までの戦後の日本の平和と繁栄が保証されたのです。つまり、現日本国憲法はキリスト教の精神に基づいており、日本は準キリスト教国として欧米に認められ、今ではG7の一国として、世界のリーダーの1つになっているのです。
(日本人は、天皇が軍部と戦って現憲法を導入したかのように錯覚して、今でも皇室を敬っているが、天皇家を倒したアメリカ軍のお陰て、言論・宗教の自由が認められた現憲法が成立したのです。天皇は。日米戦争を許可した反キリスト的な人間だった。しかし、戦後はマッカーサー元帥に、巧妙に取り入って(10回も元帥を秘密で訪問している)、今も天皇家は日本社会の最高の地位にある。この天皇家の問題を解決しない限り、日本人は発展しない・・・)
いづれにしても、ペテロが夢で見た、天から下った布の中身とは世界の各民族を象徴するものだったと考えれば、世界の各民族の霊的な状況に入って行って、伝道をせよという意味だと考えられる。
この2千年の歴史は、キリスト教が世界に普及する歴史だったと考えられる。世界で、キリスト教精神を国の基本に置いていない国は、中国や北朝鮮、イランなどのイスラム教国とイスラエルです。やがて、中国や北朝鮮の政権は崩壊し、日本のようにキリスト教のアメリカの影響下に置かれると思われる。
また、イスラム教国もキリスト教を受け入れ、ロシアも自国の偏ったキリスト教ではなく、世界の主流のカトリックやプロテスタントに合流すると思われる。問題は、ユダヤ教に従っているイスラエルです。イスラエルのユダヤ人も、キリスト教を受け入れるときに、世界の歴史は完結すると思われる。それには、今のキリスト教ではなく、心霊主義を取りれ、また、日本の霊性を取り入れた霊的なキリスト教になる必要がある。日本人の責任は重大です。
例えば、UFOの宇宙人から見れば、地球の人類の宗教がバラバラでは、地上の人類は信用できないことになって、地上の誰を相手にすればよいのかも分からない。宇宙人は地上の人類の宗教が統一されるのを待っているのかも知れない。
イエス・キリストは、宇宙的な存在であり、宇宙を作ったのは、キリスト教の神だと考えるべきです。地球の全ての宗教を見ても、宇宙の存在を説明できるのは、キリスト教の神様です。だから、キリスト教文化圏のヨーロッパから現代科学が発展し、スウェーデンがノーベル賞を与えて世界の科学を主導し、日本人もその権威を認めている。現代科学・技術はキリスト教文明から生じたのであり、それを象徴しているのが、ノーベル賞なのおです。
しかし、そのスエーデンの18世紀(科学者のニュートンの時代)の神秘家スウェーデンボルグが、生きたまま死の世界の霊界を見て、多くの著作を表し、心霊主義を唱えたことは印象深い。敬虔なキリスト教でもあったスエーデンボルグは、イエス・キリストの霊に導かれて、生きたまま霊界を見てきたのであり、臨死体験をしたと思われる。日本でも明治時代からスエーデンボルグの研究は行われている。
日本では「死んで生き返った者はいない」と言われるが、スウェーデンボルグは生きたまま、死後の世界の霊界を見てきたのです。ペテロは、1900年前に夢で神様を見たが、250年前にスウェーデンボルグは、霊界を見て来たのです。
このように、キリスト教には多くの霊的な要素があり、日本人もキリスト教を学ぶべきです。
キリスト教が世界の文化の主流となったことは、素直に認めるべきです。日本の神道や仏教が今の文明を作ったわけではないのです。日本の霊界も、キリスト教が示す霊界の一部だと考えれば、日本の霊性を否定することなく、イエス・キリストの教えを受け入れることができる。仏教や神道を信じながら、イエス・キリストの教えを学ぶことは矛盾しないのです。天皇を敬いながら、聖書を学ぶことは矛盾しないのです。
日本中で、キリスト教の研究が盛んになることが理想なのです。
5 「わたしがヨッパの町で祈っていると、夢心地になって幻を見た。大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、天から降りてきて、わたしのところにとどいた。
6 注意して見つめていると、地上の四つ足、野の獣、這うもの、空の鳥などが、はいっていた。
7 それから声がして、『ペテロよ、立って、それらをほふって食べなさい』と、わたしに言うのが聞えた。
8 わたしは言った、『主よ、それはできません。わたしは今までに、清くないものや汚れたものを口に入れたことが一度もございません』。
9 すると、二度目に天から声がかかってきた、『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』。
10 こんなことが三度もあってから、全部のものがまた天に引き上げられてしまった。(使徒言行録 第 11 章)
4 Starting from the beginning, Peter told them the whole story: 5 “I was in the city of Joppa praying, and in a trance I saw a vision. I saw something like a large sheet being let down from heaven by its four corners, and it came down to where I was. 6 I looked into it and saw four-footed animals of the earth, wild beasts, reptiles and birds. 7 Then I heard a voice telling me, ‘Get up, Peter. Kill and eat.’
8 “I replied, ‘Surely not, Lord! Nothing impure or unclean has ever entered my mouth.’
9 “The voice spoke from heaven a second time, ‘Do not call anything impure that God has made clean.’ 10 This happened three times, and then it was all pulled up to heaven again.
+++ +++ +++
インターネットのAIによれば、この聖書の「使徒言行録」については、
「主に次の流れです。
ペテロが異邦人にも福音が及んだことを説明する
コルネリウスの出来事がエルサレムで報告される
アンティオキアで多くの人が信仰に入る
弟子たちがそこで初めてキリスト者と呼ばれる
飢饉の知らせを受け、援助が送られる
これらの流れは、使徒言行録全体の中でも福音がユダヤ人の枠を越えて広がる大きな転換点として読まれています」と記されています。
イエス・キリストの十字架上での死後、イエスが弟子たちに姿を見せられて、イエスが死に打ち勝ったことを知った弟子たちは、勇気を得て世界に伝道を始めたときに、弟子のペテロが見た幻について書かれた部分がこの第11章です。
つまり、キリスト教は、イエス・キリストの霊的な力で成立したのです。科学的な合理性を重んじる欧米の文明が、霊的な力で成立したキリスト教を基盤としていることは、驚くべきことです。
そのペテロが見た幻の中で、「大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、天から降りてきて、わたしのところにとどいた」が、ペテロが「清くないものや汚れたものを口に入れたことが一度もございません』と神様に言うと。神様は『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』と、ペテロを戒めたというのが、この第11章の話です、
つまり、ユダヤ教の教えなどより、神様が直接行ったことを信ぜよということです。この精神に従って、ペテロは伝道を続け、イエス・キリストの教えはローマ帝国の領域から、全世界に広まって行き、第二次世界大戦後は、日本でも自由にキリスト教を学ぶことができるようになったのです。
いや、むしろ、キリスト教が日本で学べるように第二世界大戦が生じたとも考えられます。つまり、イエス・キリストの死後、1900年経過して、日本でイエス・キリストの教えが自由に学べるようになったのです。
実際、第二次世界大戦の日米戦争に敗北した日本に、キリスト教国アメリカの民主主義に基づく新憲法が、マッカーサー占領軍司令官によって導入され、現在までの戦後の日本の平和と繁栄が保証されたのです。つまり、現日本国憲法はキリスト教の精神に基づいており、日本は準キリスト教国として欧米に認められ、今ではG7の一国として、世界のリーダーの1つになっているのです。
(日本人は、天皇が軍部と戦って現憲法を導入したかのように錯覚して、今でも皇室を敬っているが、天皇家を倒したアメリカ軍のお陰て、言論・宗教の自由が認められた現憲法が成立したのです。天皇は。日米戦争を許可した反キリスト的な人間だった。しかし、戦後はマッカーサー元帥に、巧妙に取り入って(10回も元帥を秘密で訪問している)、今も天皇家は日本社会の最高の地位にある。この天皇家の問題を解決しない限り、日本人は発展しない・・・)
いづれにしても、ペテロが夢で見た、天から下った布の中身とは世界の各民族を象徴するものだったと考えれば、世界の各民族の霊的な状況に入って行って、伝道をせよという意味だと考えられる。
この2千年の歴史は、キリスト教が世界に普及する歴史だったと考えられる。世界で、キリスト教精神を国の基本に置いていない国は、中国や北朝鮮、イランなどのイスラム教国とイスラエルです。やがて、中国や北朝鮮の政権は崩壊し、日本のようにキリスト教のアメリカの影響下に置かれると思われる。
また、イスラム教国もキリスト教を受け入れ、ロシアも自国の偏ったキリスト教ではなく、世界の主流のカトリックやプロテスタントに合流すると思われる。問題は、ユダヤ教に従っているイスラエルです。イスラエルのユダヤ人も、キリスト教を受け入れるときに、世界の歴史は完結すると思われる。それには、今のキリスト教ではなく、心霊主義を取りれ、また、日本の霊性を取り入れた霊的なキリスト教になる必要がある。日本人の責任は重大です。
例えば、UFOの宇宙人から見れば、地球の人類の宗教がバラバラでは、地上の人類は信用できないことになって、地上の誰を相手にすればよいのかも分からない。宇宙人は地上の人類の宗教が統一されるのを待っているのかも知れない。
イエス・キリストは、宇宙的な存在であり、宇宙を作ったのは、キリスト教の神だと考えるべきです。地球の全ての宗教を見ても、宇宙の存在を説明できるのは、キリスト教の神様です。だから、キリスト教文化圏のヨーロッパから現代科学が発展し、スウェーデンがノーベル賞を与えて世界の科学を主導し、日本人もその権威を認めている。現代科学・技術はキリスト教文明から生じたのであり、それを象徴しているのが、ノーベル賞なのおです。
しかし、そのスエーデンの18世紀(科学者のニュートンの時代)の神秘家スウェーデンボルグが、生きたまま死の世界の霊界を見て、多くの著作を表し、心霊主義を唱えたことは印象深い。敬虔なキリスト教でもあったスエーデンボルグは、イエス・キリストの霊に導かれて、生きたまま霊界を見てきたのであり、臨死体験をしたと思われる。日本でも明治時代からスエーデンボルグの研究は行われている。
日本では「死んで生き返った者はいない」と言われるが、スウェーデンボルグは生きたまま、死後の世界の霊界を見てきたのです。ペテロは、1900年前に夢で神様を見たが、250年前にスウェーデンボルグは、霊界を見て来たのです。
このように、キリスト教には多くの霊的な要素があり、日本人もキリスト教を学ぶべきです。
キリスト教が世界の文化の主流となったことは、素直に認めるべきです。日本の神道や仏教が今の文明を作ったわけではないのです。日本の霊界も、キリスト教が示す霊界の一部だと考えれば、日本の霊性を否定することなく、イエス・キリストの教えを受け入れることができる。仏教や神道を信じながら、イエス・キリストの教えを学ぶことは矛盾しないのです。天皇を敬いながら、聖書を学ぶことは矛盾しないのです。
日本中で、キリスト教の研究が盛んになることが理想なのです。
『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』 (使徒言行録 第 11 章) (‘Do not call anything impure that God has made clean.’) ― 2026/09/06 14:42
4 そこでペテロは口を開いて、順序正しく説明して言った、
5 「わたしがヨッパの町で祈っていると、夢心地になって幻を見た。大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、天から降りてきて、わたしのところにとどいた。
6 注意して見つめていると、地上の四つ足、野の獣、這うもの、空の鳥などが、はいっていた。
7 それから声がして、『ペテロよ、立って、それらをほふって食べなさい』と、わたしに言うのが聞えた。
8 わたしは言った、『主よ、それはできません。わたしは今までに、清くないものや汚れたものを口に入れたことが一度もございません』。
9 すると、二度目に天から声がかかってきた、『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』。
10 こんなことが三度もあってから、全部のものがまた天に引き上げられてしまった。(使徒言行録 第 11 章)
4 Starting from the beginning, Peter told them the whole story: 5 “I was in the city of Joppa praying, and in a trance I saw a vision. I saw something like a large sheet being let down from heaven by its four corners, and it came down to where I was. 6 I looked into it and saw four-footed animals of the earth, wild beasts, reptiles and birds. 7 Then I heard a voice telling me, ‘Get up, Peter. Kill and eat.’
8 “I replied, ‘Surely not, Lord! Nothing impure or unclean has ever entered my mouth.’
9 “The voice spoke from heaven a second time, ‘Do not call anything impure that God has made clean.’ 10 This happened three times, and then it was all pulled up to heaven again.
+++ +++ +++
インターネットのAIによれば、この聖書の「使徒言行録」については、
「主に次の流れです。
ペテロが異邦人にも福音が及んだことを説明する
コルネリウスの出来事がエルサレムで報告される
アンティオキアで多くの人が信仰に入る
弟子たちがそこで初めてキリスト者と呼ばれる
飢饉の知らせを受け、援助が送られる
これらの流れは、使徒言行録全体の中でも福音がユダヤ人の枠を越えて広がる大きな転換点として読まれています」と記されています。
イエス・キリストの十字架上での死後、イエスが弟子たちに姿を見せられて、イエスが死に打ち勝ったことを知った弟子たちは、勇気を得て世界に伝道を始めたときに、弟子のペテロが見た幻について書かれた部分がこの第11章です。
つまり、キリスト教は、イエス・キリストの霊的な力で成立したのです。科学的な合理性を重んじる欧米の文明が、霊的な力で成立したキリスト教を基盤としていることは、驚くべきことです。
そのペテロが見た幻の中で、「大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、天から降りてきて、わたしのところにとどいた」が、ペテロが「清くないものや汚れたものを口に入れたことが一度もございません』と神様に言うと。神様は『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』と、ペテロを戒めたというのが、この第11章の話です、
つまり、ユダヤ教の教えなどより、神様が直接行ったことを信ぜよということです。この精神に従って、ペテロは伝道を続け、イエス・キリストの教えはローマ帝国の領域から、全世界に広まって行き、第二次世界大戦後は、日本でも自由にキリスト教を学ぶことができるようになったのです。
いや、むしろ、キリスト教が日本で学べるように第二世界大戦が生じたとも考えられます。つまり、イエス・キリストの死後、1900年経過して、日本でイエス・キリストの教えが自由に学べるようになったのです。
実際、第二次世界大戦の日米戦争に敗北した日本に、キリスト教国アメリカの民主主義に基づく新憲法が、マッカーサー占領軍司令官のよって導入され、戦後は日本の平和と繁栄が保証されたのです。つまり、現日本国憲法はキリスト教の精神に基づいており、日本は準キリスト教国として欧米に認められ、今ではG7の一国として、世界のリーダーの1つになっているのです。
(日本人は、天皇が軍部と戦って現憲法を導入したかのうように錯覚して、今でも皇室を敬っているが、天皇家を倒したアメリカ軍のお陰て、言論・宗教の自由が認められた現憲法が成立したのです。)
ペテロが夢で見た、天から下った布の中身とは世界の各民族を象徴するものだったと考えれば、世界の民族の霊的な状況に入って行って、伝道をせよという意味だと考えられる。
この2千年の歴史は、キリスト教が世界に普及する歴史だったと考えられる。世界で、キリスト教精神を国の基本に置いていない国は、中国や北朝鮮、イランなどのイスラム教国とイスラエルです。やがて、中国や北朝鮮の政権は崩壊し、日本のようにキリスト教のアメリカの影響下に置かれると思われる。
また、イスラム教国もキリスト教を受け入れ、ロシアも自国の偏ったキリスト教ではなく、世界の主流のカトリックやプロテスタントに合流すると思われる。問題は、ユダヤ教に従っているイスラエルです。イスラエルのユダヤ人も、キリスト教を受け入れるときに、世界の歴史は完結すると思われる。
例えば、UFOの宇宙人から見れば、地球の人類の宗教がバラバラでは、地上の人類は信用できないことになって、地上の誰を相手にすればよいのかも分からない。宇宙人は地上の人類の宗教が統一されるのを待っているのかも知れない。
イエス・キリストは、宇宙的な存在であり、宇宙を作ったのは、キリスト教の神だという考えもある。地球の全ての宗教を見ても、宇宙の存在を説明できるのは、キリスト教の神様です。だから、キリスト教文化圏のヨーロッパから現代科学が発展し、スウェーデンがノーベル賞を与えて世界の科学を主導し、日本人もその権威を認めている。
だらに、そのスエーデンの18世紀(科学者のニュートンの時代)の神秘家スウェーデンボルグが、生きたまま死の世界の霊界を見て、多くの著述を表し、心霊主義を唱えたことは印象深い。敬虔なキリスト教でもあったスエーデンボルグは、イエス・キリストの霊に導かれて、生きたまま霊界を見てきたのであり、臨死体験をしたと思われる。
日本では「死んで生き返った者はいない」と言われるが、スウェーデンボルグは生きたまま、死後の世界の霊界を見てきたのです。
ペテロは、1900年前に夢で神様を見たが、250年前にスウェーデンボルグは、霊界を見て来たのです。
このように、キリスト教には多くの霊的な要素があり、日本人もキリスト教を学ぶべきです。
キリスト教が世界の文化の主流となったことは、素直に認めるべきです。日本の神道や仏教が今の文明を作ったわけではないのです。日本の霊界も、キリスト教が示す霊界の一部だと考えれば、日本の霊性を否定することなく、イエス・キリストの教えを受け入れることができる。仏教や神道を信じながら、イエス・キリストの教えを学ぶことは矛盾しないのです。
日本中でキリスト教を研究が盛んになるのが理想なのです。
5 「わたしがヨッパの町で祈っていると、夢心地になって幻を見た。大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、天から降りてきて、わたしのところにとどいた。
6 注意して見つめていると、地上の四つ足、野の獣、這うもの、空の鳥などが、はいっていた。
7 それから声がして、『ペテロよ、立って、それらをほふって食べなさい』と、わたしに言うのが聞えた。
8 わたしは言った、『主よ、それはできません。わたしは今までに、清くないものや汚れたものを口に入れたことが一度もございません』。
9 すると、二度目に天から声がかかってきた、『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』。
10 こんなことが三度もあってから、全部のものがまた天に引き上げられてしまった。(使徒言行録 第 11 章)
4 Starting from the beginning, Peter told them the whole story: 5 “I was in the city of Joppa praying, and in a trance I saw a vision. I saw something like a large sheet being let down from heaven by its four corners, and it came down to where I was. 6 I looked into it and saw four-footed animals of the earth, wild beasts, reptiles and birds. 7 Then I heard a voice telling me, ‘Get up, Peter. Kill and eat.’
8 “I replied, ‘Surely not, Lord! Nothing impure or unclean has ever entered my mouth.’
9 “The voice spoke from heaven a second time, ‘Do not call anything impure that God has made clean.’ 10 This happened three times, and then it was all pulled up to heaven again.
+++ +++ +++
インターネットのAIによれば、この聖書の「使徒言行録」については、
「主に次の流れです。
ペテロが異邦人にも福音が及んだことを説明する
コルネリウスの出来事がエルサレムで報告される
アンティオキアで多くの人が信仰に入る
弟子たちがそこで初めてキリスト者と呼ばれる
飢饉の知らせを受け、援助が送られる
これらの流れは、使徒言行録全体の中でも福音がユダヤ人の枠を越えて広がる大きな転換点として読まれています」と記されています。
イエス・キリストの十字架上での死後、イエスが弟子たちに姿を見せられて、イエスが死に打ち勝ったことを知った弟子たちは、勇気を得て世界に伝道を始めたときに、弟子のペテロが見た幻について書かれた部分がこの第11章です。
つまり、キリスト教は、イエス・キリストの霊的な力で成立したのです。科学的な合理性を重んじる欧米の文明が、霊的な力で成立したキリスト教を基盤としていることは、驚くべきことです。
そのペテロが見た幻の中で、「大きな布のような入れ物が、四すみをつるされて、天から降りてきて、わたしのところにとどいた」が、ペテロが「清くないものや汚れたものを口に入れたことが一度もございません』と神様に言うと。神様は『神がきよめたものを、清くないなどと言ってはならない』と、ペテロを戒めたというのが、この第11章の話です、
つまり、ユダヤ教の教えなどより、神様が直接行ったことを信ぜよということです。この精神に従って、ペテロは伝道を続け、イエス・キリストの教えはローマ帝国の領域から、全世界に広まって行き、第二次世界大戦後は、日本でも自由にキリスト教を学ぶことができるようになったのです。
いや、むしろ、キリスト教が日本で学べるように第二世界大戦が生じたとも考えられます。つまり、イエス・キリストの死後、1900年経過して、日本でイエス・キリストの教えが自由に学べるようになったのです。
実際、第二次世界大戦の日米戦争に敗北した日本に、キリスト教国アメリカの民主主義に基づく新憲法が、マッカーサー占領軍司令官のよって導入され、戦後は日本の平和と繁栄が保証されたのです。つまり、現日本国憲法はキリスト教の精神に基づいており、日本は準キリスト教国として欧米に認められ、今ではG7の一国として、世界のリーダーの1つになっているのです。
(日本人は、天皇が軍部と戦って現憲法を導入したかのうように錯覚して、今でも皇室を敬っているが、天皇家を倒したアメリカ軍のお陰て、言論・宗教の自由が認められた現憲法が成立したのです。)
ペテロが夢で見た、天から下った布の中身とは世界の各民族を象徴するものだったと考えれば、世界の民族の霊的な状況に入って行って、伝道をせよという意味だと考えられる。
この2千年の歴史は、キリスト教が世界に普及する歴史だったと考えられる。世界で、キリスト教精神を国の基本に置いていない国は、中国や北朝鮮、イランなどのイスラム教国とイスラエルです。やがて、中国や北朝鮮の政権は崩壊し、日本のようにキリスト教のアメリカの影響下に置かれると思われる。
また、イスラム教国もキリスト教を受け入れ、ロシアも自国の偏ったキリスト教ではなく、世界の主流のカトリックやプロテスタントに合流すると思われる。問題は、ユダヤ教に従っているイスラエルです。イスラエルのユダヤ人も、キリスト教を受け入れるときに、世界の歴史は完結すると思われる。
例えば、UFOの宇宙人から見れば、地球の人類の宗教がバラバラでは、地上の人類は信用できないことになって、地上の誰を相手にすればよいのかも分からない。宇宙人は地上の人類の宗教が統一されるのを待っているのかも知れない。
イエス・キリストは、宇宙的な存在であり、宇宙を作ったのは、キリスト教の神だという考えもある。地球の全ての宗教を見ても、宇宙の存在を説明できるのは、キリスト教の神様です。だから、キリスト教文化圏のヨーロッパから現代科学が発展し、スウェーデンがノーベル賞を与えて世界の科学を主導し、日本人もその権威を認めている。
だらに、そのスエーデンの18世紀(科学者のニュートンの時代)の神秘家スウェーデンボルグが、生きたまま死の世界の霊界を見て、多くの著述を表し、心霊主義を唱えたことは印象深い。敬虔なキリスト教でもあったスエーデンボルグは、イエス・キリストの霊に導かれて、生きたまま霊界を見てきたのであり、臨死体験をしたと思われる。
日本では「死んで生き返った者はいない」と言われるが、スウェーデンボルグは生きたまま、死後の世界の霊界を見てきたのです。
ペテロは、1900年前に夢で神様を見たが、250年前にスウェーデンボルグは、霊界を見て来たのです。
このように、キリスト教には多くの霊的な要素があり、日本人もキリスト教を学ぶべきです。
キリスト教が世界の文化の主流となったことは、素直に認めるべきです。日本の神道や仏教が今の文明を作ったわけではないのです。日本の霊界も、キリスト教が示す霊界の一部だと考えれば、日本の霊性を否定することなく、イエス・キリストの教えを受け入れることができる。仏教や神道を信じながら、イエス・キリストの教えを学ぶことは矛盾しないのです。
日本中でキリスト教を研究が盛んになるのが理想なのです。
「あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」 (ルカによる福音書 第 16 章) ("You cannot serve both God and money.”) ― 2026/09/05 11:34
イエスはまた、弟子たちに言われた、「ある金持のところにひとりの家令がいたが、彼は主人の財産を浪費していると、告げ口をする者があった。
2 そこで主人は彼を呼んで言った、『あなたについて聞いていることがあるが、あれはどうなのか。あなたの会計報告を出しなさい。もう家令をさせて置くわけにはいかないから』。
3 この家令は心の中で思った、『どうしようか。主人がわたしの職を取り上げようとしている。土を掘るには力がないし、物ごいするのは恥ずかしい。
4 そうだ、わかった。こうしておけば、職をやめさせられる場合、人々がわたしをその家に迎えてくれるだろう』。
5 それから彼は、主人の負債者をひとりびとり呼び出して、初めの人に、『あなたは、わたしの主人にどれだけ負債がありますか』と尋ねた。
6 『油百樽です』と答えた。そこで家令が言った、『ここにあなたの証書がある。すぐそこにすわって、五十樽と書き変えなさい』。
7 次に、もうひとりに、『あなたの負債はどれだけですか』と尋ねると、『麦百石です』と答えた。これに対して、『ここに、あなたの証書があるが、八十石と書き変えなさい』と言った。
8 ところが主人は、この不正な家令の利口なやり方をほめた。この世の子らはその時代に対しては、光の子らよりも利口である。
9 またあなたがたに言うが、不正の富を用いてでも、自分のために友だちをつくるがよい。そうすれば、富が無くなった場合、あなたがたを永遠のすまいに迎えてくれるであろう。
10 小事に忠実な人は、大事にも忠実である。そして、小事に不忠実な人は大事にも不忠実である。
11 だから、もしあなたがたが不正の富について忠実でなかったら、だれが真の富を任せるだろうか。
12 また、もしほかの人のものについて忠実でなかったら、だれがあなたがたのものを与えてくれようか。
13 どの僕でも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」。 (ルカによる福音書 第 16 章)
16 Jesus told his disciples: “There was a rich man whose manager was accused of wasting his possessions. 2 So he called him in and asked him, ‘What is this I hear about you? Give an account of your management, because you cannot be manager any longer.’
3 “The manager said to himself, ‘What shall I do now? My master is taking away my job. I’m not strong enough to dig, and I’m ashamed to beg— 4 I know what I’ll do so that, when I lose my job here, people will welcome me into their houses.’
5 “So he called in each one of his master’s debtors. He asked the first, ‘How much do you owe my master?’
6 “‘Nine hundred gallons[a] of olive oil,’ he replied.
“The manager told him, ‘Take your bill, sit down quickly, and make it four hundred and fifty.’
7 “Then he asked the second, ‘And how much do you owe?’
“‘A thousand bushels[b] of wheat,’ he replied.
“He told him, ‘Take your bill and make it eight hundred.’
8 “The master commended the dishonest manager because he had acted shrewdly. For the people of this world are more shrewd in dealing with their own kind than are the people of the light. 9 I tell you, use worldly wealth to gain friends for yourselves, so that when it is gone, you will be welcomed into eternal dwellings.
10 “Whoever can be trusted with very little can also be trusted with much, and whoever is dishonest with very little will also be dishonest with much. 11 So if you have not been trustworthy in handling worldly wealth, who will trust you with true riches? 12 And if you have not been trustworthy with someone else’s property, who will give you property of your own?
13 “No one can serve two masters. Either you will hate the one and love the other, or you will be devoted to the one and despise the other. You cannot serve both God and money.”
+++ +++ +++
このイエス・キリストの言葉、「神と富とに兼ね仕えることはできない」という教えは、聖書の中でも、決定的なイエスの教えです。
これは、この世のカネや富が、神様にさからう悪魔の化身だということを意味しているのです。この世でカネや富を求めて欲望を満たそうとしてはいけない、ということです。
この世の欲望を満たそうとすると、人間はカネや富を求める。そして、そのためには悪魔に魂を売ってでもカネや富を得ようとすることになる。つまり、神様の敵となってカネや富を求める。だから、拝金主義になるな、ということです。
逆に神様への信仰心のある人間は、必要なものは神様が与えてくれると、神様への信頼を失うことはない。イエスは、イエスの名によって神様にお願いすれば、願いは叶うと教えておられる。その祈りが、神様の教えに適っているものであれば確かに実現する。ただし、神様の教えに反していれば実現しない。
多くの場合、人間は神様の教えとは関係のない自分への欲望のために神様に願い事をしようとするので、その願いは叶えられないのです。つまり、願い事をするときは、その願いがどのように社会に役立つものかを考えなければならない。
また、「小事に忠実な人は、大事にも忠実である。そして、小事に不忠実な人は大事にも不忠実である」と述べて、何ごとにも真剣に取り組むべきことを述べておられる。全ては、神様の許可により存在しているからです。どんな小さなことでも、神様につながるものなのです。そして、悪魔は細部に宿るという諺のように、小さなものごとにこそ、神様への信仰心がためされるのです。
さらに、「不正の富を用いてでも、自分のために友だちをつくるがよい」と述べて、たとえ自分のためであっても、隣人への配慮を忘れずに、出来るだけ多くの人を自分の幸運にかかわらせることを勧めている。
そのような、配慮のある人間は、たとえ不正なことをしていても、神様は「利口なやり方をほめた。この世の子らはその時代に対しては、光の子らよりも利口である」と述べて、この世にこだわり、神様への信仰心がなくても、天国のことばかり考えて現実を忘れる信者より利口だと述べている。つまり、神様の信者より、その場、その時代に適した効果的で効率的な方法が分かる不信者もいるということです。つまり、人間社会では、この世に注意を払う人間は、この世を忘れる信仰心だけの人間より有用な場合があるということです。
つまり、この世のことは単純な信仰心だけでは、解決しないことが多い。それでも、問題をカネで解決しようとしてはいけない。それは、人間は「神と富とに兼ね仕えることはできない」という原則があるからです。
あくまで、その時代の知恵であっても、この世を円滑に生きるために、仲間を増やして自分も助かる場合には、不正者のやり口でも許容されるということです。とにかく、他人に悪意のない願いであれば、神様は許して下さることがある。だから、人を責めてはならない、とイエス・キリストは教えておられるのです。
それでも、人間は「神と富とに兼ね仕えることはできない」という原則を忘れてはならない、状況によっては、柔軟に対応しなければならないが、あくまで、この世のカネや富は悪魔とつながるものであることを忘れるなということです。
まさに、例外のない規則はないという運用は必要だが、原則的な規則は破棄されるわけではない。
そして、神様への捧げものでも、金持ちが義務的に大金を捧げるより、貧乏人の心のこもった喜捨が好ましいのです。
実際、大金の寄付を集めるヴァチカン銀行などは、怪しい噂に包まれている。しかし、貧しい人からの寄付で成り立つ寒村の教会は多くの村民の支えとなって、人々を救っていることが多い。そこに、奇跡が働くのです。まさに、発明家で心霊研究家の故政木和三が言っていたように、無欲であれば、奇跡は起こるのです。
2 そこで主人は彼を呼んで言った、『あなたについて聞いていることがあるが、あれはどうなのか。あなたの会計報告を出しなさい。もう家令をさせて置くわけにはいかないから』。
3 この家令は心の中で思った、『どうしようか。主人がわたしの職を取り上げようとしている。土を掘るには力がないし、物ごいするのは恥ずかしい。
4 そうだ、わかった。こうしておけば、職をやめさせられる場合、人々がわたしをその家に迎えてくれるだろう』。
5 それから彼は、主人の負債者をひとりびとり呼び出して、初めの人に、『あなたは、わたしの主人にどれだけ負債がありますか』と尋ねた。
6 『油百樽です』と答えた。そこで家令が言った、『ここにあなたの証書がある。すぐそこにすわって、五十樽と書き変えなさい』。
7 次に、もうひとりに、『あなたの負債はどれだけですか』と尋ねると、『麦百石です』と答えた。これに対して、『ここに、あなたの証書があるが、八十石と書き変えなさい』と言った。
8 ところが主人は、この不正な家令の利口なやり方をほめた。この世の子らはその時代に対しては、光の子らよりも利口である。
9 またあなたがたに言うが、不正の富を用いてでも、自分のために友だちをつくるがよい。そうすれば、富が無くなった場合、あなたがたを永遠のすまいに迎えてくれるであろう。
10 小事に忠実な人は、大事にも忠実である。そして、小事に不忠実な人は大事にも不忠実である。
11 だから、もしあなたがたが不正の富について忠実でなかったら、だれが真の富を任せるだろうか。
12 また、もしほかの人のものについて忠実でなかったら、だれがあなたがたのものを与えてくれようか。
13 どの僕でも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」。 (ルカによる福音書 第 16 章)
16 Jesus told his disciples: “There was a rich man whose manager was accused of wasting his possessions. 2 So he called him in and asked him, ‘What is this I hear about you? Give an account of your management, because you cannot be manager any longer.’
3 “The manager said to himself, ‘What shall I do now? My master is taking away my job. I’m not strong enough to dig, and I’m ashamed to beg— 4 I know what I’ll do so that, when I lose my job here, people will welcome me into their houses.’
5 “So he called in each one of his master’s debtors. He asked the first, ‘How much do you owe my master?’
6 “‘Nine hundred gallons[a] of olive oil,’ he replied.
“The manager told him, ‘Take your bill, sit down quickly, and make it four hundred and fifty.’
7 “Then he asked the second, ‘And how much do you owe?’
“‘A thousand bushels[b] of wheat,’ he replied.
“He told him, ‘Take your bill and make it eight hundred.’
8 “The master commended the dishonest manager because he had acted shrewdly. For the people of this world are more shrewd in dealing with their own kind than are the people of the light. 9 I tell you, use worldly wealth to gain friends for yourselves, so that when it is gone, you will be welcomed into eternal dwellings.
10 “Whoever can be trusted with very little can also be trusted with much, and whoever is dishonest with very little will also be dishonest with much. 11 So if you have not been trustworthy in handling worldly wealth, who will trust you with true riches? 12 And if you have not been trustworthy with someone else’s property, who will give you property of your own?
13 “No one can serve two masters. Either you will hate the one and love the other, or you will be devoted to the one and despise the other. You cannot serve both God and money.”
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このイエス・キリストの言葉、「神と富とに兼ね仕えることはできない」という教えは、聖書の中でも、決定的なイエスの教えです。
これは、この世のカネや富が、神様にさからう悪魔の化身だということを意味しているのです。この世でカネや富を求めて欲望を満たそうとしてはいけない、ということです。
この世の欲望を満たそうとすると、人間はカネや富を求める。そして、そのためには悪魔に魂を売ってでもカネや富を得ようとすることになる。つまり、神様の敵となってカネや富を求める。だから、拝金主義になるな、ということです。
逆に神様への信仰心のある人間は、必要なものは神様が与えてくれると、神様への信頼を失うことはない。イエスは、イエスの名によって神様にお願いすれば、願いは叶うと教えておられる。その祈りが、神様の教えに適っているものであれば確かに実現する。ただし、神様の教えに反していれば実現しない。
多くの場合、人間は神様の教えとは関係のない自分への欲望のために神様に願い事をしようとするので、その願いは叶えられないのです。つまり、願い事をするときは、その願いがどのように社会に役立つものかを考えなければならない。
また、「小事に忠実な人は、大事にも忠実である。そして、小事に不忠実な人は大事にも不忠実である」と述べて、何ごとにも真剣に取り組むべきことを述べておられる。全ては、神様の許可により存在しているからです。どんな小さなことでも、神様につながるものなのです。そして、悪魔は細部に宿るという諺のように、小さなものごとにこそ、神様への信仰心がためされるのです。
さらに、「不正の富を用いてでも、自分のために友だちをつくるがよい」と述べて、たとえ自分のためであっても、隣人への配慮を忘れずに、出来るだけ多くの人を自分の幸運にかかわらせることを勧めている。
そのような、配慮のある人間は、たとえ不正なことをしていても、神様は「利口なやり方をほめた。この世の子らはその時代に対しては、光の子らよりも利口である」と述べて、この世にこだわり、神様への信仰心がなくても、天国のことばかり考えて現実を忘れる信者より利口だと述べている。つまり、神様の信者より、その場、その時代に適した効果的で効率的な方法が分かる不信者もいるということです。つまり、人間社会では、この世に注意を払う人間は、この世を忘れる信仰心だけの人間より有用な場合があるということです。
つまり、この世のことは単純な信仰心だけでは、解決しないことが多い。それでも、問題をカネで解決しようとしてはいけない。それは、人間は「神と富とに兼ね仕えることはできない」という原則があるからです。
あくまで、その時代の知恵であっても、この世を円滑に生きるために、仲間を増やして自分も助かる場合には、不正者のやり口でも許容されるということです。とにかく、他人に悪意のない願いであれば、神様は許して下さることがある。だから、人を責めてはならない、とイエス・キリストは教えておられるのです。
それでも、人間は「神と富とに兼ね仕えることはできない」という原則を忘れてはならない、状況によっては、柔軟に対応しなければならないが、あくまで、この世のカネや富は悪魔とつながるものであることを忘れるなということです。
まさに、例外のない規則はないという運用は必要だが、原則的な規則は破棄されるわけではない。
そして、神様への捧げものでも、金持ちが義務的に大金を捧げるより、貧乏人の心のこもった喜捨が好ましいのです。
実際、大金の寄付を集めるヴァチカン銀行などは、怪しい噂に包まれている。しかし、貧しい人からの寄付で成り立つ寒村の教会は多くの村民の支えとなって、人々を救っていることが多い。そこに、奇跡が働くのです。まさに、発明家で心霊研究家の故政木和三が言っていたように、無欲であれば、奇跡は起こるのです。
「子たちよ、神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう」 (マルコによる福音書 第 10 章) (“Children, how hard it is to enter the kingdom of God!”) ― 2026/09/04 11:21
17 イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄り、みまえにひざまずいて尋ねた、「よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか」。
18 イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。
19 いましめはあなたの知っているとおりである。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。欺き取るな。父と母とを敬え』」。
20 すると、彼は言った、「先生、それらの事はみな、小さい時から守っております」。
21 イエスは彼に目をとめ、いつくしんで言われた、「あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
22 すると、彼はこの言葉を聞いて、顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。
23 それから、イエスは見まわして、弟子たちに言われた、「財産のある者が神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう」。
24 弟子たちはこの言葉に驚き怪しんだ。イエスは更に言われた、「子たちよ、神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう。
25 富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。 (マルコによる福音書 第 10 章)
17 As Jesus started on his way, a man ran up to him and fell on his knees before him. “Good teacher,” he asked, “what must I do to inherit eternal life?”
18 “Why do you call me good?” Jesus answered. “No one is good—except God alone. 19 You know the commandments: ‘You shall not murder, you shall not commit adultery, you shall not steal, you shall not give false testimony, you shall not defraud, honor your father and mother.’”
20 “Teacher,” he declared, “all these I have kept since I was a boy.”
21 Jesus looked at him and loved him. “One thing you lack,” he said. “Go, sell everything you have and give to the poor, and you will have treasure in heaven. Then come, follow me.”
22 At this the man’s face fell. He went away sad, because he had great wealth.
23 Jesus looked around and said to his disciples, “How hard it is for the rich to enter the kingdom of God!”
24 The disciples were amazed at his words. But Jesus said again, “Children, how hard it is to enter the kingdom of God! 25 It is easier for a camel to go through the eye of a needle than for someone who is rich to enter the kingdom of God.”
+++ +++ +++
これも、福音書(聖書)で有名なイエス・キリストの言葉です。
「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」という教えは、キリスト教徒なら誰でも知っている。富裕層は、原則として天国に入れない、という意味です。
富裕層は、この世で富の力によって天国のような物質的生活をおくることができるが、死後の霊界では、この世の物質的な富は役に立たないし、意味もないのです。死後は、人の魂とその心は、思ったことは全て叶うので、カネなど必要はないのです。だから、富の力で他人に対する優越感を味わうこともできない。
また、死後は、魂は真理を教えられて、この世の秀才もバカも差がない。なお、美醜も差がない。そして、この世の価値観は無意味なものとなる。
ただし、善悪の判断、愛と憎しみの違い、真と偽の区別は明白になり、神様から発する愛と真理と善の光に耐えられず、愛よりも憎しみを愛し、真理よりも偽りを愛し、善よりも悪を愛する者は、神様の光を避けるように暗闇を求める。そこが地獄になる。つまり、地獄は悪人が霊界で作り出すものなのです。そして、地獄の支配者が悪魔であり、悪人は悪魔の手先とされ、互いに争いに暮れる。悪魔は、自分の手先も互いに争わせて喜ぶ狂った霊なのです。
これに反して、神様の発する愛と善と真理の光を求める者は、霊界の天国へと昇って行き、神様の世界である神界に近づこうとする。やがて、神界の一部となって、永遠の命と幸福を得る。
ただし、人間の心や霊の中に神様がいるわけでもないし、人間が神様になれるわけでもない。ただ、神様の栄光を知ることができるだけです。人間の中にあるのは、神様を求める心だけであり、それは神様、そのものではない。しかし、イエス・キリストは神様の子であり、神様の遺伝子をもっておられる。イエスは、ただの人間ではない。それでも、人間としてこの世を生きられたのです。
悪魔は、この世で自分は神であると、人間をだまし、その化身であるカネや富を崇拝させる。「カネで全てが解決できる」と人間に信じさせるのが、悪魔のやり口なのです。
それに対して、イエス・キリストの教えを信じ、「カネではなく、愛と霊能力で問題を解決する」のが神様やイエス・キリストの信者なのです。この世でも、必要なら神様が奇跡を起こして、人間を救って下さるのです。これを信じるのがイエス・キリストの信者なのです。
この世で、金持ちは幸福で、貧乏人は地獄のような生活をおくるが、あの世の霊界では、それが逆になる。つまり、この世の価値観とあの世の霊界での価値観は逆転する。霊界では、愛と信仰と善と真理だけが意味を持つ。
だから、この聖書の話のように、金持ちの青年は、真理を聞いて「顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った」のです。
福音書では、「貧乏人は喜べ、天国では満たされる」と書かれている。
このように、物質的な貧富の差は、あの世では、無意味だということです。ただし、他人や他の霊に対する支配欲や優越感を求める心は残り、むきだしの霊的な暴力で互いに争う。それが、地獄なのです。
キリスト教の聖書は。このようにこの世の富を否定しており、他の宗教には見られない「貧民賛歌」を謳っており、昔から「貧者の宗教」と呼ばれている。この世では、富裕層は貧乏人をあざ笑い黙殺するが、この世的な物質的幸福、成功、優越感を求める者は、死後の霊界の天国には入れないのです。
あの世の地獄には、この世の金持ちや成功者が満ち溢れており、悪魔にもっと気に入られようと、互いに争っている。それは、狂った残酷な恐ろしい世界なのです。彼らが神と崇める悪魔自体が狂っている。
しかし、地獄にさす天の光を受け入れる者は、回心し、やがて、一歩ずつ救われる。それが、無限の段階だとしても、人の霊は天国に向かわなければならない、
このような霊界の真理を教えられれば、この世の人間は、ほとんどの者は、物質的な富を捨てて、精神的に謙虚な生活を送る。だから、本当の霊能者は清貧の生活を心がけている。ローマ法王も霊能者なら、貧しい生活をしているはずです。日本の天皇も、霊能者なら貧乏人の生活をしているはずです。
日本人も、物質文明のもたらす富を捨てて、霊的な文明を目指すべきなのです。
それを、イエス・キリストは「天国に富を蓄えよ」と言っておられるのです。
18 イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。
19 いましめはあなたの知っているとおりである。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。欺き取るな。父と母とを敬え』」。
20 すると、彼は言った、「先生、それらの事はみな、小さい時から守っております」。
21 イエスは彼に目をとめ、いつくしんで言われた、「あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
22 すると、彼はこの言葉を聞いて、顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。
23 それから、イエスは見まわして、弟子たちに言われた、「財産のある者が神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう」。
24 弟子たちはこの言葉に驚き怪しんだ。イエスは更に言われた、「子たちよ、神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう。
25 富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。 (マルコによる福音書 第 10 章)
17 As Jesus started on his way, a man ran up to him and fell on his knees before him. “Good teacher,” he asked, “what must I do to inherit eternal life?”
18 “Why do you call me good?” Jesus answered. “No one is good—except God alone. 19 You know the commandments: ‘You shall not murder, you shall not commit adultery, you shall not steal, you shall not give false testimony, you shall not defraud, honor your father and mother.’”
20 “Teacher,” he declared, “all these I have kept since I was a boy.”
21 Jesus looked at him and loved him. “One thing you lack,” he said. “Go, sell everything you have and give to the poor, and you will have treasure in heaven. Then come, follow me.”
22 At this the man’s face fell. He went away sad, because he had great wealth.
23 Jesus looked around and said to his disciples, “How hard it is for the rich to enter the kingdom of God!”
24 The disciples were amazed at his words. But Jesus said again, “Children, how hard it is to enter the kingdom of God! 25 It is easier for a camel to go through the eye of a needle than for someone who is rich to enter the kingdom of God.”
+++ +++ +++
これも、福音書(聖書)で有名なイエス・キリストの言葉です。
「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」という教えは、キリスト教徒なら誰でも知っている。富裕層は、原則として天国に入れない、という意味です。
富裕層は、この世で富の力によって天国のような物質的生活をおくることができるが、死後の霊界では、この世の物質的な富は役に立たないし、意味もないのです。死後は、人の魂とその心は、思ったことは全て叶うので、カネなど必要はないのです。だから、富の力で他人に対する優越感を味わうこともできない。
また、死後は、魂は真理を教えられて、この世の秀才もバカも差がない。なお、美醜も差がない。そして、この世の価値観は無意味なものとなる。
ただし、善悪の判断、愛と憎しみの違い、真と偽の区別は明白になり、神様から発する愛と真理と善の光に耐えられず、愛よりも憎しみを愛し、真理よりも偽りを愛し、善よりも悪を愛する者は、神様の光を避けるように暗闇を求める。そこが地獄になる。つまり、地獄は悪人が霊界で作り出すものなのです。そして、地獄の支配者が悪魔であり、悪人は悪魔の手先とされ、互いに争いに暮れる。悪魔は、自分の手先も互いに争わせて喜ぶ狂った霊なのです。
これに反して、神様の発する愛と善と真理の光を求める者は、霊界の天国へと昇って行き、神様の世界である神界に近づこうとする。やがて、神界の一部となって、永遠の命と幸福を得る。
ただし、人間の心や霊の中に神様がいるわけでもないし、人間が神様になれるわけでもない。ただ、神様の栄光を知ることができるだけです。人間の中にあるのは、神様を求める心だけであり、それは神様、そのものではない。しかし、イエス・キリストは神様の子であり、神様の遺伝子をもっておられる。イエスは、ただの人間ではない。それでも、人間としてこの世を生きられたのです。
悪魔は、この世で自分は神であると、人間をだまし、その化身であるカネや富を崇拝させる。「カネで全てが解決できる」と人間に信じさせるのが、悪魔のやり口なのです。
それに対して、イエス・キリストの教えを信じ、「カネではなく、愛と霊能力で問題を解決する」のが神様やイエス・キリストの信者なのです。この世でも、必要なら神様が奇跡を起こして、人間を救って下さるのです。これを信じるのがイエス・キリストの信者なのです。
この世で、金持ちは幸福で、貧乏人は地獄のような生活をおくるが、あの世の霊界では、それが逆になる。つまり、この世の価値観とあの世の霊界での価値観は逆転する。霊界では、愛と信仰と善と真理だけが意味を持つ。
だから、この聖書の話のように、金持ちの青年は、真理を聞いて「顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った」のです。
福音書では、「貧乏人は喜べ、天国では満たされる」と書かれている。
このように、物質的な貧富の差は、あの世では、無意味だということです。ただし、他人や他の霊に対する支配欲や優越感を求める心は残り、むきだしの霊的な暴力で互いに争う。それが、地獄なのです。
キリスト教の聖書は。このようにこの世の富を否定しており、他の宗教には見られない「貧民賛歌」を謳っており、昔から「貧者の宗教」と呼ばれている。この世では、富裕層は貧乏人をあざ笑い黙殺するが、この世的な物質的幸福、成功、優越感を求める者は、死後の霊界の天国には入れないのです。
あの世の地獄には、この世の金持ちや成功者が満ち溢れており、悪魔にもっと気に入られようと、互いに争っている。それは、狂った残酷な恐ろしい世界なのです。彼らが神と崇める悪魔自体が狂っている。
しかし、地獄にさす天の光を受け入れる者は、回心し、やがて、一歩ずつ救われる。それが、無限の段階だとしても、人の霊は天国に向かわなければならない、
このような霊界の真理を教えられれば、この世の人間は、ほとんどの者は、物質的な富を捨てて、精神的に謙虚な生活を送る。だから、本当の霊能者は清貧の生活を心がけている。ローマ法王も霊能者なら、貧しい生活をしているはずです。日本の天皇も、霊能者なら貧乏人の生活をしているはずです。
日本人も、物質文明のもたらす富を捨てて、霊的な文明を目指すべきなのです。
それを、イエス・キリストは「天国に富を蓄えよ」と言っておられるのです。
「あなたの父と母とを敬え」。これが第一の戒めであって、次の約束がそれについている (エフィソの信徒への手紙 第 6 章) (“Honor your father and mother”—which is the first commandment with a promise— ) ― 2026/09/03 11:34
子たる者よ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことである。
2 「あなたの父と母とを敬え」。これが第一の戒めであって、次の約束がそれについている、
3 「そうすれば、あなたは幸福になり、地上でながく生きながらえるであろう」。
4 父たる者よ。子供をおこらせないで、主の薫陶と訓戒とによって、彼らを育てなさい。
5 僕たる者よ。キリストに従うように、恐れおののきつつ、真心をこめて、肉による主人に従いなさい。
6 人にへつらおうとして目先だけの勤めをするのでなく、キリストの僕として心から神の御旨を行い、
7 人にではなく主に仕えるように、快く仕えなさい。
8 あなたがたが知っているとおり、だれでも良いことを行えば、僕であれ、自由人であれ、それに相当する報いを、それぞれ主から受けるであろう。
9 主人たる者よ。僕たちに対して、同様にしなさい。おどすことを、してはならない。あなたがたが知っているとおり、彼らとあなたがたとの主は天にいますのであり、かつ人をかたより見ることをなさらないのである。
10 最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。
11 悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。 (エフィソの信徒への手紙 第 6 章)
6 Children, obey your parents in the Lord, for this is right. 2 “Honor your father and mother”—which is the first commandment with a promise— 3 “so that it may go well with you and that you may enjoy long life on the earth.”
4 Fathers, do not exasperate your children; instead, bring them up in the training and instruction of the Lord.
5 Slaves, obey your earthly masters with respect and fear, and with sincerity of heart, just as you would obey Christ. 6 Obey them not only to win their favor when their eye is on you, but as slaves of Christ, doing the will of God from your heart. 7 Serve wholeheartedly, as if you were serving the Lord, not people, 8 because you know that the Lord will reward each one for whatever good they do, whether they are slave or free.
9 And masters, treat your slaves in the same way. Do not threaten them, since you know that he who is both their Master and yours is in heaven, and there is no favoritism with him.
10 Finally, be strong in the Lord and in his mighty power. 11 Put on the full armor of God, so that you can take your stand against the devil’s schemes.
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Wikipediaによれば、「『エフェソの信徒への手紙』は、新約聖書中の一書。伝承では紀元62年ごろ、ローマで獄中にあった使徒パウロが小アジアのエフェソ(エフェソス)のキリスト者共同体にあてて書いたものであるという・・・『エフェソ書』は(あるいは小アジアの複数の教会に送られた可能性もあるが)パウロの教えのまとめ的なものである。主なテーマはキリストに従うものの共同体をつくることが父なる神の意志に沿うものだということである」とされている。
まず、親を持つ人間に対して、「子よ「あなたの父と母とを敬え」。これが第一の戒めであって、次の約束がそれについている、「そうすれば、あなたは幸福になり、地上でながく生きながらえるであろう」」と、親を敬うべきことを述べている。
また、人の主人に仕える召し使いや奴隷に対して、「だれでも良いことを行えば、僕であれ、自由人であれ、それに相当する報いを、それぞれ主から受けるであろう」と述べて、この世の主人に真摯に仕えることを述べている。
子の立場にいる者や、人に仕える立場にいる者に対して、親や主人に忠実に仕えることを推奨している。ただし、「主は天にいますのであり、かつ人をかたより見ることをなさらない」と、霊的な主であるイエス・キリストや神様が公平なお方であることを強調している。
これは、親や主人には逆らってはならない、という日本の伝統的な教えと同じです。そうすれば、人間的なトラブルはなくなり、円満な人間関係が築ける。この教えで、キリスト教徒は大人しい、善良な人間だということになる。日本でも、親や主人に忠実な人間は好かれる。ただし、これはこの世の権威を目上の人や権力者に認めることではなく、あくまで、霊的な主人は天にいる神様やイエス・キリストであることを強調している。
そして、天の神様や主であるイエス・キリストは、人を公平に扱うと信じることが、キリスト教徒であることを意味する。
また、「悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい」と、敵は悪魔であることを明確にしている。
つまり、平和で道徳的な生活を送りながらも、悪魔の攻撃に備えよということです。
ただし、悪魔が親や、この世の主人の中に入る場合もある。しかし、「主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい」と、あくまで天の主人であるイエス・キリストに頼って、その偉大な力を得て強く生きろと言っておられる。子や召し使いとして、親やこの世の主人と戦うのではなく、あくまで天の主であるイエス・キリストの力によって対抗せよということです。
この世の権力や権威と、信仰の主である神様やイエス・キリストとの関係のどちらを選ぶかは、しばしば深刻な問題になる。その場合も、親やこの世の主人には逆らうことなく、信仰を選んで、悪魔との戦に備えよというのが、キリスト教の教えになる。
だから、神道や仏教重視の親と論争するのではなく、また、社会のそのような風潮と争うのではなく、平和的に相手の気持ちを尊重しながら生きろということです。
そのためには、天の主であるイエス・キリストへの強い信仰心が必要になる、この強い信仰心で、悪魔の攻撃に備えることができるようになる。
キリスト教は、単に信仰の問題ではなく、道徳的で平和で、祖先を尊重する生き方でもあるのです。
とにかく、悪魔は人間同士を争わせて不幸にし、互いに苦しめ合って破滅させるのが目的なのです。頼りになるのは、公平な天の神様やイエス・キリストなのです。
2 「あなたの父と母とを敬え」。これが第一の戒めであって、次の約束がそれについている、
3 「そうすれば、あなたは幸福になり、地上でながく生きながらえるであろう」。
4 父たる者よ。子供をおこらせないで、主の薫陶と訓戒とによって、彼らを育てなさい。
5 僕たる者よ。キリストに従うように、恐れおののきつつ、真心をこめて、肉による主人に従いなさい。
6 人にへつらおうとして目先だけの勤めをするのでなく、キリストの僕として心から神の御旨を行い、
7 人にではなく主に仕えるように、快く仕えなさい。
8 あなたがたが知っているとおり、だれでも良いことを行えば、僕であれ、自由人であれ、それに相当する報いを、それぞれ主から受けるであろう。
9 主人たる者よ。僕たちに対して、同様にしなさい。おどすことを、してはならない。あなたがたが知っているとおり、彼らとあなたがたとの主は天にいますのであり、かつ人をかたより見ることをなさらないのである。
10 最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。
11 悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。 (エフィソの信徒への手紙 第 6 章)
6 Children, obey your parents in the Lord, for this is right. 2 “Honor your father and mother”—which is the first commandment with a promise— 3 “so that it may go well with you and that you may enjoy long life on the earth.”
4 Fathers, do not exasperate your children; instead, bring them up in the training and instruction of the Lord.
5 Slaves, obey your earthly masters with respect and fear, and with sincerity of heart, just as you would obey Christ. 6 Obey them not only to win their favor when their eye is on you, but as slaves of Christ, doing the will of God from your heart. 7 Serve wholeheartedly, as if you were serving the Lord, not people, 8 because you know that the Lord will reward each one for whatever good they do, whether they are slave or free.
9 And masters, treat your slaves in the same way. Do not threaten them, since you know that he who is both their Master and yours is in heaven, and there is no favoritism with him.
10 Finally, be strong in the Lord and in his mighty power. 11 Put on the full armor of God, so that you can take your stand against the devil’s schemes.
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Wikipediaによれば、「『エフェソの信徒への手紙』は、新約聖書中の一書。伝承では紀元62年ごろ、ローマで獄中にあった使徒パウロが小アジアのエフェソ(エフェソス)のキリスト者共同体にあてて書いたものであるという・・・『エフェソ書』は(あるいは小アジアの複数の教会に送られた可能性もあるが)パウロの教えのまとめ的なものである。主なテーマはキリストに従うものの共同体をつくることが父なる神の意志に沿うものだということである」とされている。
まず、親を持つ人間に対して、「子よ「あなたの父と母とを敬え」。これが第一の戒めであって、次の約束がそれについている、「そうすれば、あなたは幸福になり、地上でながく生きながらえるであろう」」と、親を敬うべきことを述べている。
また、人の主人に仕える召し使いや奴隷に対して、「だれでも良いことを行えば、僕であれ、自由人であれ、それに相当する報いを、それぞれ主から受けるであろう」と述べて、この世の主人に真摯に仕えることを述べている。
子の立場にいる者や、人に仕える立場にいる者に対して、親や主人に忠実に仕えることを推奨している。ただし、「主は天にいますのであり、かつ人をかたより見ることをなさらない」と、霊的な主であるイエス・キリストや神様が公平なお方であることを強調している。
これは、親や主人には逆らってはならない、という日本の伝統的な教えと同じです。そうすれば、人間的なトラブルはなくなり、円満な人間関係が築ける。この教えで、キリスト教徒は大人しい、善良な人間だということになる。日本でも、親や主人に忠実な人間は好かれる。ただし、これはこの世の権威を目上の人や権力者に認めることではなく、あくまで、霊的な主人は天にいる神様やイエス・キリストであることを強調している。
そして、天の神様や主であるイエス・キリストは、人を公平に扱うと信じることが、キリスト教徒であることを意味する。
また、「悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい」と、敵は悪魔であることを明確にしている。
つまり、平和で道徳的な生活を送りながらも、悪魔の攻撃に備えよということです。
ただし、悪魔が親や、この世の主人の中に入る場合もある。しかし、「主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい」と、あくまで天の主人であるイエス・キリストに頼って、その偉大な力を得て強く生きろと言っておられる。子や召し使いとして、親やこの世の主人と戦うのではなく、あくまで天の主であるイエス・キリストの力によって対抗せよということです。
この世の権力や権威と、信仰の主である神様やイエス・キリストとの関係のどちらを選ぶかは、しばしば深刻な問題になる。その場合も、親やこの世の主人には逆らうことなく、信仰を選んで、悪魔との戦に備えよというのが、キリスト教の教えになる。
だから、神道や仏教重視の親と論争するのではなく、また、社会のそのような風潮と争うのではなく、平和的に相手の気持ちを尊重しながら生きろということです。
そのためには、天の主であるイエス・キリストへの強い信仰心が必要になる、この強い信仰心で、悪魔の攻撃に備えることができるようになる。
キリスト教は、単に信仰の問題ではなく、道徳的で平和で、祖先を尊重する生き方でもあるのです。
とにかく、悪魔は人間同士を争わせて不幸にし、互いに苦しめ合って破滅させるのが目的なのです。頼りになるのは、公平な天の神様やイエス・キリストなのです。
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