「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」。 (ヨハネによる福音書 第13章) (“You do not realize now what I am doing, but later you will understand.”) ― 2026/04/20 13:31
過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時がきたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された。
2 夕食のとき、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていたが、
3 イエスは、父がすべてのものを自分の手にお与えになったこと、また、自分は神から出てきて、神にかえろうとしていることを思い、
4 夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいをとって腰に巻き、
5 それから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた。
6 こうして、シモン・ペテロの番になった。すると彼はイエスに、「主よ、あなたがわたしの足をお洗いになるのですか」と言った。
7 イエスは彼に答えて言われた、「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」。
8 ペテロはイエスに言った、「わたしの足を決して洗わないで下さい」。イエスは彼に答えられた、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」。(ヨハネによる福音書 第13章)
13 It was just before the Passover Festival. Jesus knew that the hour had come for him to leave this world and go to the Father. Having loved his own who were in the world, he loved them to the end.
2 The evening meal was in progress, and the devil had already prompted Judas, the son of Simon Iscariot, to betray Jesus. 3 Jesus knew that the Father had put all things under his power, and that he had come from God and was returning to God; 4 so he got up from the meal, took off his outer clothing, and wrapped a towel around his waist. 5 After that, he poured water into a basin and began to wash his disciples’ feet, drying them with the towel that was wrapped around him.
6 He came to Simon Peter, who said to him, “Lord, are you going to wash my feet?”
7 Jesus replied, “You do not realize now what I am doing, but later you will understand.”
8 “No,” said Peter, “you shall never wash my feet.”
Jesus answered, “Unless I wash you, you have no part with me.”
+++ +++ +++
これは、この世で最後の最後の晩餐のときに、イエス・キリストが弟子たちの脚を、召し使いのように洗って清めたという話しです。
主であるイエスが、その弟子たちの脚を召し使いのように洗うということは、常識では考えられないことであり、弟子のペテロは驚いたが、イエスは、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」と述べて、弟子たちの脚を洗われたのです。
これは、イエスの謙虚さを通り越した行いです。この後、ユダヤ教の司祭やローマ軍に逮捕され、十字架の刑で死亡するイエス・キリストの記憶は、弟子たちには自分の脚を召し使いのように洗うイエスの姿だとして残されることになる。
さまざまな奇跡を起こし、天の軍勢をも呼ぶことのできるイエスが、全く何の抵抗もせずに、敵に逮捕され、殺されるのを是認するなどとは、弟子たちにっとって考えられないことだったのです。
神の子であるイエスが、人間の弟子たちの脚を、その召し使いのようにして洗うということは、イエスがいつでも倒せる悪魔の陰謀を受け入れて、ユダヤ教の幹部たちに身を任せるということを意味している。イエス・キリストは弟子たちに、いつでも、ご自分の脚を洗わすようにさせることができるのに、逆に弟子の脚を洗ったということは、いつでも倒せる悪魔の陰謀にのって、悪魔に好きなままにさせ、その悪質さを曝け出させ、最後に、悪魔を打ち破るという計画を立てられたということです。
イエス・キリストに脚を洗われた弟子たちは、イエスの刑死と復活のあとで、そのイエス・キリストの作戦に気が付いて、悪魔の罠を避けることができるようになった。
また、イエス・キリストがこの時見せた謙虚な姿が目に焼き付いた弟子たちは、人々に対して、自分も謙虚でなければ、悪魔につけ込まれることを悟ったのです。
悪魔は、人間の優越感や、他人に対する上位の感覚につけ込み、その心の中に入り込み、やがて、その心を支配する。そして、神様の教えを無視させ、やがては、悪魔を神だと崇めるようにさせる。
しかし、天使より神様に近いイエス・キリストが、神様によって作られらたに過ぎない人間に、召し使いのように脚を洗って仕えるということは、悪魔はその程度の芝居をするものだと、逆に悪魔の脅威を教えているのです。
人間より、はるかに霊力の強い悪魔が、ヘリ下って人間の召し使いのような姿で現れ、人間に受け入れられ、やがて、人間の心に入り込み、最後には人間の心を支配し、人間を悪魔の奴隷とする。この悪魔の陰謀と計略に警戒するようにという、イエス・キリストの命を掛けた教えがここに現れている。
霊界を知っているイエス・キリストにとって、肉体の死など恐れることではないが、神様に逆らおうとする悪魔の悪意を感じて、人間たちに悪魔を警戒するように教えるために、イエス・キリストは弟子たちの脚を洗われたのです。
このイエス・キリストによる弟子の脚洗いの意味は、2000年にわたって議論されてきたが、まだ、完全に解明されてはいない。しかし、悪魔を倒すには、悪魔の召し使いとなって悪魔の脚を洗い、悪魔に受け入れさせ、悪魔の心に入り込み、最後には悪魔をだまして倒すくらいのことは、しなくてはならない。悪魔との戦いに対する教えなのです。
なぜなら、神の子、イエス・キリストの敵は悪魔であり、人間界を支配しようとする悪魔を倒すことがイエス・キリストの最大の目的であり、そのために、イエス・キリストは悪魔に負けたかのように十字架上での死を受けいられ、そして、三日後に蘇って、その教えを普及させることで悪魔の裏をかき、悪魔の計略を破壊することにされたのです。
しかし、悪魔はあきらめない。今でも、悪魔はしつこく、人間界で働いている。その悪魔を制するのは、神様の教えと、イエス・キリストの言葉なのです。
2 夕食のとき、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていたが、
3 イエスは、父がすべてのものを自分の手にお与えになったこと、また、自分は神から出てきて、神にかえろうとしていることを思い、
4 夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいをとって腰に巻き、
5 それから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた。
6 こうして、シモン・ペテロの番になった。すると彼はイエスに、「主よ、あなたがわたしの足をお洗いになるのですか」と言った。
7 イエスは彼に答えて言われた、「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」。
8 ペテロはイエスに言った、「わたしの足を決して洗わないで下さい」。イエスは彼に答えられた、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」。(ヨハネによる福音書 第13章)
13 It was just before the Passover Festival. Jesus knew that the hour had come for him to leave this world and go to the Father. Having loved his own who were in the world, he loved them to the end.
2 The evening meal was in progress, and the devil had already prompted Judas, the son of Simon Iscariot, to betray Jesus. 3 Jesus knew that the Father had put all things under his power, and that he had come from God and was returning to God; 4 so he got up from the meal, took off his outer clothing, and wrapped a towel around his waist. 5 After that, he poured water into a basin and began to wash his disciples’ feet, drying them with the towel that was wrapped around him.
6 He came to Simon Peter, who said to him, “Lord, are you going to wash my feet?”
7 Jesus replied, “You do not realize now what I am doing, but later you will understand.”
8 “No,” said Peter, “you shall never wash my feet.”
Jesus answered, “Unless I wash you, you have no part with me.”
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これは、この世で最後の最後の晩餐のときに、イエス・キリストが弟子たちの脚を、召し使いのように洗って清めたという話しです。
主であるイエスが、その弟子たちの脚を召し使いのように洗うということは、常識では考えられないことであり、弟子のペテロは驚いたが、イエスは、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」と述べて、弟子たちの脚を洗われたのです。
これは、イエスの謙虚さを通り越した行いです。この後、ユダヤ教の司祭やローマ軍に逮捕され、十字架の刑で死亡するイエス・キリストの記憶は、弟子たちには自分の脚を召し使いのように洗うイエスの姿だとして残されることになる。
さまざまな奇跡を起こし、天の軍勢をも呼ぶことのできるイエスが、全く何の抵抗もせずに、敵に逮捕され、殺されるのを是認するなどとは、弟子たちにっとって考えられないことだったのです。
神の子であるイエスが、人間の弟子たちの脚を、その召し使いのようにして洗うということは、イエスがいつでも倒せる悪魔の陰謀を受け入れて、ユダヤ教の幹部たちに身を任せるということを意味している。イエス・キリストは弟子たちに、いつでも、ご自分の脚を洗わすようにさせることができるのに、逆に弟子の脚を洗ったということは、いつでも倒せる悪魔の陰謀にのって、悪魔に好きなままにさせ、その悪質さを曝け出させ、最後に、悪魔を打ち破るという計画を立てられたということです。
イエス・キリストに脚を洗われた弟子たちは、イエスの刑死と復活のあとで、そのイエス・キリストの作戦に気が付いて、悪魔の罠を避けることができるようになった。
また、イエス・キリストがこの時見せた謙虚な姿が目に焼き付いた弟子たちは、人々に対して、自分も謙虚でなければ、悪魔につけ込まれることを悟ったのです。
悪魔は、人間の優越感や、他人に対する上位の感覚につけ込み、その心の中に入り込み、やがて、その心を支配する。そして、神様の教えを無視させ、やがては、悪魔を神だと崇めるようにさせる。
しかし、天使より神様に近いイエス・キリストが、神様によって作られらたに過ぎない人間に、召し使いのように脚を洗って仕えるということは、悪魔はその程度の芝居をするものだと、逆に悪魔の脅威を教えているのです。
人間より、はるかに霊力の強い悪魔が、ヘリ下って人間の召し使いのような姿で現れ、人間に受け入れられ、やがて、人間の心に入り込み、最後には人間の心を支配し、人間を悪魔の奴隷とする。この悪魔の陰謀と計略に警戒するようにという、イエス・キリストの命を掛けた教えがここに現れている。
霊界を知っているイエス・キリストにとって、肉体の死など恐れることではないが、神様に逆らおうとする悪魔の悪意を感じて、人間たちに悪魔を警戒するように教えるために、イエス・キリストは弟子たちの脚を洗われたのです。
このイエス・キリストによる弟子の脚洗いの意味は、2000年にわたって議論されてきたが、まだ、完全に解明されてはいない。しかし、悪魔を倒すには、悪魔の召し使いとなって悪魔の脚を洗い、悪魔に受け入れさせ、悪魔の心に入り込み、最後には悪魔をだまして倒すくらいのことは、しなくてはならない。悪魔との戦いに対する教えなのです。
なぜなら、神の子、イエス・キリストの敵は悪魔であり、人間界を支配しようとする悪魔を倒すことがイエス・キリストの最大の目的であり、そのために、イエス・キリストは悪魔に負けたかのように十字架上での死を受けいられ、そして、三日後に蘇って、その教えを普及させることで悪魔の裏をかき、悪魔の計略を破壊することにされたのです。
しかし、悪魔はあきらめない。今でも、悪魔はしつこく、人間界で働いている。その悪魔を制するのは、神様の教えと、イエス・キリストの言葉なのです。
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