「塩は良いものだ。しかし、塩もききめがなくなったら、何によって塩味が取りもどされようか」(ルカによる福音書 第 14 章) ("Salt is good, but if it loses its saltiness, how can it be made salty again?")2026/03/27 11:41

31 また、どんな王でも、ほかの王と戦いを交えるために出て行く場合には、まず座して、こちらの一万人をもって、二万人を率いて向かって来る敵に対抗できるかどうか、考えて見ないだろうか。
32 もし自分の力にあまれば、敵がまだ遠くにいるうちに、使者を送って、和を求めるであろう。
33 それと同じように、あなたがたのうちで、自分の財産をことごとく捨て切るものでなくては、わたしの弟子となることはできない。
34 塩は良いものだ。しかし、塩もききめがなくなったら、何によって塩味が取りもどされようか。
35 土にも肥料にも役立たず、外に投げ捨てられてしまう。聞く耳のあるものは聞くがよい」。(ルカによる福音書 第 14 章)

31 “Or suppose a king is about to go to war against another king. Won’t he first sit down and consider whether he is able with ten thousand men to oppose the one coming against him with twenty thousand? 32 If he is not able, he will send a delegation while the other is still a long way off and will ask for terms of peace. 33 In the same way, those of you who do not give up everything you have cannot be my disciples.

34 “Salt is good, but if it loses its saltiness, how can it be made salty again? 35 It is fit neither for the soil nor for the manure pile; it is thrown out.
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日本の社会でも、清めの塩という言葉がある。

AIによれば、「清め塩(おきよめのしお)とは、葬儀や通夜の帰りに、身についた死の穢(けが)れや邪気を祓い、家の中に持ち込まないよう体を清めるための塩です。主に神道の思想に基づく習慣で、会葬礼状とともに配布され、帰宅前に胸・背中・足元の順で振りかけるのが一般的です」と説明されている。2千年前のパレスチナでも、同様の考えがあったことが伺われる。塩の霊的な効果は、人類に幅広く認められている。

これは、信仰をなくした人間の霊は、塩気を失った塩であるという教えです。世に捨てられないためには、神様への信仰をすてるな、という教えです。

また、このイエス・キリストの教えでは、戦う王について、利口な王は無益な戦いを避けると述べており、人々に王様ですら、運に全てをまかすのではなく、人間的に利口に振舞うと教えている。無益な滅びに至る戦いより、英知を使って平和に生き延びることが、当然、指導者には求められる。

さらに、「自分の財産をことごとく捨て切るものでなくては、わたしの弟子となることはできない」と、どんな物質的な財産よりも、イエスの教えが霊的な意味だけでなく、物質界のこの世でも多くの価値があると述べておられる。

この世の人間界でも、霊的な威力というものが、さまざまに人間の習慣に反映しており、呪術的な「清めの塩」などが存在する。また、物質社会を支配する王も、直感だけではなく、合理的な判断をするものであると、この世の合理性を重要すべきことを教えておられる。しかし、この世だけでなく、霊界にも通じるイエスの教えでは、「財産を捨て切る」ようでなくては、その威力を得られないと、物質界よりも、霊界が主であることを教えておられる。なおかつ、そのように霊的な威力を維持することが重要であり、霊的な威力を失えば、何の役にも立たず、塩ですら投げ捨てられてしまう。

弟子たちも、まず、この世の存在として合理性を尊重し、次に、霊的な威力の価値を認め、物質的な宝を全て失ってでも、霊的に価値あるものを尊重せよと教えておられる。

イエス・キリストの教えは、この世の合理性を破壊するものではなく、この世的にも有用なものであるが、それ以上に霊的な効果を持っており、物質的な恩恵よりも、霊的な威力が上回ると教えておられる。

人々が、物質界のこの世で人間として、まともに生きていくための、心がけを教え、誰もが従う王という存在に注目し、その心がけを人々に教え、さらに、この世ですら力をもつ霊的な威力が、全ての物質的な効力を上回ることを教えて、イエス・キリストの教えが、この世のどんな宝よりも尊重されるべきことを教えておられる。

まずは、この世の人間界で、最高の存在の王であればこそ、合理性を重んじ、さらに、人間社会には霊界に通じる慣習があり、人々はそれを重視するのが当然であり、さらにイエス・キリストの教えは、そのような慣習的な呪力を超えた霊的な威力を持つものであると、人間界から霊界に至る真理の構造を教えておられる。

このようなイエス・キリストの教えは、霊的な真理の威力を学べば学ぶほど納得できるのです。

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